早く生まれてきた理由

みやざき中央新聞・魂の編集長の「ちょっといい話」第七回

「早く生まれてきた理由」
水谷もりひと

大学三年生の娘からとんでもない電話が掛かってきたのは七年前のことでした。
「とんでもない電話」というのはほかでもありません。「ママ、妊娠しちゃった」という妻に掛かってきた電話です。
てっきり叱られると覚悟して電話してきたのでしょう。電話口で「ごめんなさい」と泣いていました。
もし僕が電話に出ていたら言葉を失っていたと思います。
妻はしばらく話を聞いた後、娘にこう聞きました。
「それであなたはどうしたいの?」
娘は「生みたい」と答えました。
それを聞いて妻は「だったらママとパパは応援する。だから大学は続けなさい。そして卒業はちゃんとしなさい」と言って受話器を置いたそうです。
六月のことでした。それから彼のご両親とも会って相談し、「出産する前にけじめだけはしておきましょう」ということになりました。
八月、入籍を済ませ、神社で結婚式を挙げました。披露宴はごく近い親戚だけ十五、六人で行いました。

秋になりました。身重な身体で娘は何と鹿児島大学付属小学校に2週間の教育実習に出掛けました。今思うと、よく受け入れてくれたものです。
職員室には独身の先生もたくさんいたはずです。そんな中、大学生が妊娠七ヵ月のお腹で教育実習に来るなんて前代未聞だったことでしょう。
校長先生は子どもたちに「お腹の中に赤ちゃんがいますから、大事に仲良くしてください」と娘を紹介してくださったそうです。
そして、臨月になりました。それまで大学の男子寮、女子寮に住んでいた二人は、寮を出て、赤ちゃんを迎えられるように、ワンルームマンションの一階を借りて新婚生活を始めました。
その際、妻は思いがけない行動に出ました。娘の産後のケアをするために、そのマンションの空いている二階の部屋を借りたのです。これで準備万端です。
やがて年が明け、一月初旬、無事、娘は女の子を出産しました。ちょうどその頃、娘の旦那は卒論の実験とやらで毎晩帰宅は午前様だったり、研究室に泊まりだったりで、サポートがいないと実際大変な状況でした。
さて、最初に娘の産後のケアのために二階の空き部屋にやってきたのは旦那のお母さん・ヨシコさん(当時54)でした。娘が退院してから十日間ほど炊事、洗濯、入浴の手伝いなど昼夜なくお世話をしてくれました。その後、うちの妻と交代しました。
そのとき、私たちはある衝撃の真実を知ったのです。
ヨシコさんの身体は末期のがんに侵され、余命数ヵ月と告知されていたことを。
彼女は、自分の命がもう長くないことを知って、最後の力を振り絞って息子とその嫁と孫のお世話をしていたのでした。
三月下旬、娘の旦那は横浜に就職が決まり、単身で上京しました。一学年下の娘は大学四年になるのを前に、マンションを引き払って宮崎の実家に帰ってきました。
朝6時過ぎの電車で大学に行き、夕方六時過ぎの電車で帰ってくるという日々が四月から始まりました。
五月になり、ヨシコさんは入院しました。ほどなくして、病院から「集まってください」との連絡。横浜から帰省した娘の旦那も含めて両家の家族が六人、ヨシコさんのベッドを囲みました。もちろんその中に、首の座ったヨシコさんの孫娘もいます。
孫娘はヨシコさんに抱かれるように同じベッドで横になっていました。ヨシコさんはそれまで付けていたウィッグをはずし、やせ細った体でした。
約半日後、やがてヨシコさんの呼吸は徐々に弱まり、家族に見守られる中、静かに息を引き取りました

「すべてのいのちには意味がある」といいます。
本当なら卒業して就職して結婚式を挙げて生まれてくるという順番なのですが、あの子がなぜ早く生まれてきたのか、分かった気がします。おばあちゃんに会いたかったのではないかと思います。早く生まれないと間に合わないと思ったから、フライングで出てきたのだと思うと納得がいきます。
実際に間に合いました。ヨシコさんは孫娘をしっかりその腕に抱きしめることができました。
プロフィール
みやざき中央新聞 魂の編集長
学生時代に東京都内の大学生と『国際文化新聞』を創刊し、初代編集長となる。
平成元年にUターン。宮崎中央新聞社に入社し、平成4年に経営者から譲り受け、編集長となる。
24年間社説を書き続け、現在も魂の編集長として、心を揺さぶる社説を発信中。

◇これまでの活動
平成11年 MRTラジオ暮らしのレーダーで、「男性学講座」を担当
平成12年・13年 MRTラジオで「みやざきトゥデイ」を担当
平成13年・14年 サンシャインFMで「時代を語る」を担当
平成16年 宮崎県男女共同参画推進功労賞受賞
平成19年~20年 宮崎市男女共同参画審議会委員
平成18年~23年 宮崎家庭裁判所参与員
平成25年 社長と共にコンゴ民主共和国に渡り、現地視察と読者会開催
平成26年 宮崎県日向市ドリームプランプレゼンテーション出場 感動大賞・共感大賞 W受賞

◇現在の活動分野
働く人の心のケアをする厚労省認定産業カウンセラー

◇趣味
育児、家事手伝い
平成21年 宮崎に開校した俳優養成所に入所し、いろいろなCMに出演

◇著書
『空から宮崎を見れば』(宮崎中央新聞社)
『みやざき発夢未来』(鉱脈社)
『男と女の夢未来』(鉱脈社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説』(ごま書房新社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説2』(ごま書房新社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説ベストセレクション(講演DVD付)』(ごま書房新社)
『この本読んで元気にならん人はおらんやろ』(ごま書房新社)