第40回「優しさは時間を超えて繋がっていく」

熱血先生 今日も走る!!!
       「子は宝です」 第40回
                   
「優しさは時間を超えて繋がっていく」
                                   中野 敏治

数年前の夕方、私の目の前で驚く光景を見ました。
夕方に乗ったバスは満員ではなかったのですが、車内の奥まで人が立っている状態でした。私は乗車口近くでつり革につかまり、バスに揺られながら駅に向かっていました。私の目の前には男子高校生が乗車口の一番近い一人がけの座席に座っていました。始発のバス停が高校前に近いので、男子高校生が乗った時には、バスの座席は空いていたのでしょう。
いくつかのバス停を過ぎ、スーパーマーケット前のバス停に近づき、バスがスピードを落とし始めた時、私の目の前に座っていた男子高校生は座席から立ち上がりました。降りるのかなと思ったのですが、男子高校生はそのままバスの奥に入り、つり革につかまり、降りようとはしませんでした。不思議に思いましたが、その理由が次の瞬間にわかりました。
スーパーマーケット前のバス停でバスが停まると、一人のおばあちゃんが手すりにつかまりながらバスに乗ってきました。乗車したのはおばあちゃんだけでした。おばあちゃんの目の前に偶然にも空いている座席が一つありました。そうです。さっきまで男子高校生が座っていた座席です。おばあちゃんは一人がけのその座席に喜んで座りました。男子高校生は、何もなかったようにバスの奥でつり革につかまり、バスに揺られていました。きっとバスがスーパーマーケット前のバス停に近づいた時、男子高校生はバス停で待っていたおばあちゃんの姿を見たのでしょう。男子高校生はおばあちゃんに席を譲るのではなく、席を空けておいたのです。

それから数年後。羽田空港に向かう電車の中で、私は心温まる光景に出合いました。
私が乗車口近くの座席前に立っていた時です。私の目の前に座っている方が次の駅で降りようとしているかのように、カバンの中から交通ICカードを出し、確認していました。私は次の駅で目の前の座席に座れると思いました。ふと目を乗車口に向けると、体調が悪いのか、疲れているのか、体を折り曲げるようにして座席横に寄りかかって立っている女性がいました。
電車が停まりました。思っていたように私の目の前に座っている方が座席から立ち上がり降りて行きました。私の頭の中には数年前の男子高校生の姿がありました。気がつくと私も降りる方に続いて一旦ホームに降りていました。そして、乗車してくる方と一緒に電車に乗りました。空いた席には、体を折り曲げ立っていた女性がホッとしたようすで座っていました。
いくつかの駅を過ぎ、車内も少しずつ混んできた時です。大きなキャリーバックを持った母親と一緒にリュックサックを背負った小さな男の子が乗ってきました。キャリーバックが大きく、乗車口近くに母親と男の子は立っていましたが、電車が揺れるたびに男の子はよろめきながら母親のポケットにつかまっていました。母親の目の前には、先ほど体を前かがみにしていた女性が座っていました。その女性は男の子が母親のポケットにつかまる姿を見て、さっと立ち上がったのです。そして男の子に席を譲り、自分は乗車口近くへ行きドアにもたれかかりました。母親は頭を深々とさげ、お礼をその女性に伝えました。その姿を見ていた向かい側の座席に座っていた男性が、席を母親に譲ろうと席を立ち、母親の肩をポンポンと叩きました。母親は振り向き、お礼を言い座ろうとした時、男の子の横に座っていた女性が、席を譲ろうとした男性を見てから、母親の手に触れました。そして、「お子さんのとなりがいいですよね」と言い、自分の座っていた席を譲ったのです。母親は再び男性にお礼をし、その女性に「ありがとうございます」と伝えました。母親が横に座って、不安顔だった男の子は笑顔になり、はしゃぐように母親と話し始めました。
電車が羽田空港に着いた時、その母親は男の子と一緒に大きなキャリーバックを持ちながら降りようとしました。その時、その場にいた人たちが、そっと母親の大きなキャリーバックに手を添え、電車からおろしたのです。母親はホームに出ると誰にともなく、みんなに会釈をし、お礼を伝えました。その横で男の子は、元気に大きく手を振り、母親のポケットにつかまりながら、改札口に向かっていきました。
優しさの中にいるとみんな優しくなっていくのです。その中に私も居ることができたことがとっても嬉しかったです。

数年前にバスの中で見かけた男子高校生の優しさ。それが時を経て、羽田空港へ向かう電車の中での優しさに連鎖していきました。一つのさりげない優しさが、場所も時も超えて連鎖していったのです。
いつの時代でも優しさは色あせることなく、それどころか、心の中でさらに大きくなり、広がっていくようでした。車内で起きた優しさの連鎖の場に居合すことができたことで、それを実感することができました。

教育は子どもへの種蒔きとも言われています。私たち大人が日常生活の中で子どもたちにより良い種を蒔いていきたいです。(そして、この「プチ紳士からの手紙」も)。
大切なことは、時を超えても色あせることなく、時とともに広がっていく。その広がりにワクワクしています。