第38回「親の本気」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」 第38回

「親の本気」
中野 敏治

新しい年度が始まった4月。私のクラスも元気一杯にスタートしました。小学校からの引き継ぎでは気になる生徒もいましたが、特にトラブルもなくクラスが動いていきました。
夏休みが近くなった7月。クラスの生徒の持ち物が教室からなくなるということが度々起きました。でも、なくなったものは数日後に他の場所から見つかったのです。
小学校から一緒だった生徒たちは、そのいたずらをした生徒が誰だか予想がついていました。私も放課後に二人の女子生徒がいつも教室に残っていることを知っていました。3回目にものがなくなった時、その二人の生徒を相談室に呼びました。
「放課後、教室にいることが多いけれど、教えて欲しいんだ」
その言葉だけで、何を聞かれるかわかったようです。私は話を続けました。
「最近、クラスメイトのものがよくなくなるのは知っているよね」
一人の生徒の顔色が変わりました。でも、もう一人の生徒の顔は無表情でした。
「放課後、教室にいるから、何か知っていないかな?」
二人は無言でした。『教室からクラスメイトの持ち物がなくなっていること』と『二人が放課後、教室によくいること』を私は知っているよ、と二人に伝えたかったのです。それ以上はこの日には求めていませんでした。聞き出そうとはせず、自分で言ってきて欲しかったのです。一人の生徒は顔色が変わるだけでなく、涙目になってきたのですが、もう一人の生徒は、全く顔色を変えませんでした。
「じゃ、何かを思い出したら先生のところに言ってきて」
そういうと、私は二人の生徒より先に相談室を出ました。

その二日後、一人の生徒が職員室に来て、小さな声で私を呼ぶのです。顔色を変えた生徒です。無言で相談室へ行きました。
「先生、私たちがやりました。ごめんなさい」
「わかった。中学校生活は始まったばかりだ。いろんな失敗もあるだろうけど、これからもなんでも言ってきてよ」
彼女の泣き顔が笑顔に変わりました。でも顔の表情を全く変えなかった生徒は来ませんでした。5月の家庭訪問で彼女の家を訪問した時、応接間で彼女とお母さんと学校のことや家のことをいろいろ話したことを思い出しました。彼女は明るく、お母さんとも仲良く話していました。
「先生、私の部屋を見て」
「いつも汚くしているから、見てもらいなさいよ」
彼女とお母さんはそういうと私を二階の部屋に案内してくれました。
ドアを開けてびっくりしました。片付けてあったのでしょう。部屋は綺麗でしたが、窓際には水槽があり、壁には冷蔵庫もあるのです。まるで大学生が一人暮らししている部屋のようでした。
「この部屋だと一人暮らしできちゃうな」
冗談で言ったつもりでしたが、彼女の顔が暗くなったのです。このころから彼女のことが気になっていました。
2学期はいつも放課後に一緒にいた友達とは付き合わなくなっていました。それでもいつも笑顔でいようとしている姿が見られました。でも心の奥からの笑いでないことは気がつきました。
友達も少なくなった彼女は、新品な消しゴムやシャープペンなどいろいろな文房具を友達にあげているということがわかりました。さらに、お祭りや街に買い物に行くと友達にいろいろなものをおごっていたのです。そうしてまで友達を近くにおきたかったのでしょう。その場限りの友達はいましたが、本当の友達はいなくなってきました。
ある日の夜、「家に帰ってこない」とお母さんから電話がありました。警察に捜索願を出そうかと思っていると。私も学区を探しましたが、深夜になっても見つかりませんでした。翌日の早朝、「帰ってきました」とお母さんからの電話がありました。家庭訪問をし、彼女と話をすると「家の裏の物置の中に隠れていた」というのです。彼女が部屋に入った後、お母さんと話をすると、家出は初めてでないことがわかりました。お金の使い方にも悩んでいたというのです。彼女の行動は学校では普通の生活をしていたのですが、家庭では部屋に篭ってしまうというのです。
3学期に入って、彼女はまた家出をしたのです。外はもう寒い季節です。クラスメイトの家にも電話をし、駅の改札口にも立ちました。でも、その晩、彼女は見つかりませんでした。そして次の晩も帰ってこなかったのです。警察にも連絡をし、探す範囲を広げました。
三日目になり、クラスの保護者から電話が入りました。「出先で一人で歩いていたので、車に乗せました。今から本人を連れて学校へ行きます」と。その保護者は私が駅の改札口に立っていたのを見ていたので、まずは先生のところへと思ったというのです。
学校へ来た彼女は元気がありませんでした。私は周りに先生方がいるのも気にせず、思いっきり怒鳴りつけました。「いい加減にしろ!」と。彼女が声を出して泣いたのをこの時初めて見ました。先生方が「家庭に連絡するから、相談室に一緒に」と私と彼女に相談室で話をするように促しました。
ソファーに座った彼女はうつむいたまま、肩を揺らして泣き続けていました。声をかけられずにしばらく彼女を見ていました。少し落ち着いた彼女に「どうして?」と一言声をかけましたが、彼女は首を振ったまま答えようとしませんでした。「お母さんが迎えにくるよ」と声をかけた瞬間にまた泣き出したのです。そしてつぶやくように「先生、お母さん、私の本当のお母さんじゃないの」。そこで言葉が止まり、時間をおき、話を続けました。「本当のお母さんは死んじゃって、それで新しいお母さんが家に来たの」「お母さん、私に気を使って、欲しい物はなんでも買ってくれる。でも、私が欲しいものはそんな物なんかじゃない」「お母さん、私のこと、一度も本気で怒ったことない。いつも私の顔色を見てるみたい」。聞き取りにくいほどの小さな声で、彼女は初めて自分の心の声を聞かせてくれた。一年間も私のクラスの生徒だったのに私は彼女のことが全く分かっていなかったのです。
その時です。相談室のドアが開き、お父さんとお母さんが入ってきました。次の瞬間、彼女の頬をお母さんがピンタをしたのです。そして泣きながらお母さんは真剣に我が娘を抱きしめたのです。その行動にお父さんも驚いたようでした。抱きしめながらお母さんは「ごめんね」と。彼女もお母さんをきつく抱きしめ、声を出して床に落ちるほどの涙を流していました。
修了式が終えた夜に彼女が書いた手紙が私の家に届きました。その手紙には「お母さんと大ケンカをするかもしれないけれど、この世界にたった一人しかいない私のお母さんへの反発の心はできるだけおさえていきたいと思います。そして、血はつながっていないけれど、本当の親子になりたいです」と書かれてあったのです。
(子は宝です)