第36回フリースクールでのトイレ掃除(親子の愛)

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」 第36回

フリースクールでのトイレ掃除(親子の愛)
中野 敏治

都内のフリースクールでトイレ掃除をさせていただきました。先月に続いて2回目のトイレ掃除です。先生は、「当日、子ども達が来るかどうか、わらないですがいいですか?」と申し訳なさそうに掃除を頼んできたのです。1回目のトイレ掃除では、遅れて来る生徒もいましたが、数名の生徒が集まりました。
2回目の時、母親に連れられて来た生徒がいました。1回目の時、話しかけても、うなずくだけで、会話ができなかった生徒です。1回目の時は遅れて来て、教室の隅に座ったままでした。しばらくして、便器前の床の掃除を黙ったまま掃除を始めました。今回は便器を磨こうと彼と一緒に便器に向かいました。網戸を外し、換気扇を外し、トイレ内の物を全て出しました。
便器を磨き始めると、彼の額から汗がにじみ、頬に流れてきました。それでも彼は必死で便器を磨き上げているのです。「休憩をしようか」と声をかけると、小さな声で「うん」と。彼の声を聞いた初めての時です。教室の椅子に座り、少し休憩をしました。会話ができました。「ここまでどうやって来たの?」「お母さんは帰るまで待っていてくれるの?」「朝はちゃんと起きられるのか?」。彼は私からの一つ一つの質問に答えてくれました。こんなに普通に会話ができるとは前回の様子を思い浮かべると考えられませんでした。
「もうそろそろ始めるか」と声をかけると彼は額の汗を拭き、今度は便器の周りのピータイルの床を磨き始めたのです。汚れが溜まった隅も、丁寧に磨いていました。気がつくと床に顔が触れるほどに近づけて磨き上げているのです。ピータイルも一枚一枚が綺麗になっていくのがわかりました。
「終わりにしようか?」と声をかけると「少し休憩して、あそこをもう少し綺麗にしたい」というのです。ほとんど家から外に出ない彼が心配で母親は、掃除が終わるまで別室で待っていました。母親に声をかけました。「彼がまだ掃除をするというので、もう少し待ってもらえますか」。そして「彼がトイレをピカピカにしているので見てもらえますか」と。
母親は少し不安そうに、そっとトイレを見に来ました。綺麗になったトイレを見た母親は顔の表情が変わるほど驚いていました。息子に「すごいね。本当にびっくりした。すごい。」と声をかけると、彼は笑顔で「もう少しあの部分を綺麗にしたいから待ってもらえる」と母親に声をかけているのです。家からほとんど外に出ない彼とは思えないほど、親子の会話は弾んでいました。
掃除を初めて二時間ほど過ぎた頃、女子生徒が母親に連れられて教室にきました。彼女も家にいて外に出ることがほとんどない生徒でした。1回目のトイレ掃除にも参加できませんでした。「行くだけ行ってみよう」と母親が連れてきたのですが、途中で具合が悪いと座り込んでしまったといいます。
彼女は彼が掃除をしている姿を座って見ていました。母親が娘に「掃除を少しやってみる?」と声をかけても顔を横にふるだけでした。
しばらくして声をかけて見ました。「洗面所を掃除してくれるかな」と。彼女は顔を持ち上げて、今度は横にではなく縦に顔を動かしたのです。隣に座っていた母親は娘の顔を不安そうに見ていました。彼女は、小さな洗面所の蛇口からその周辺まで磨き始めました。母親に「彼女の姿を見てください」と声をかけました。母親はそっと彼女の後ろから彼女の姿を見つめていました。彼女の手元を覗き込むと「わ、綺麗!」と思わず声を出してしまったのです。その声に彼女は母親に気づきました。それほど夢中で掃除をしていたのです。彼女はなんとも言えない笑顔で母親を見ているのです。そして「もう少し掃除してもいい?」と母親に伝えたのです。母親の目にうっすらと涙が溜まっているのがわかりました。
掃除場所を離れ、彼女の母親と少し話をしました。母親はスマホを出して、たくさんの写真を見せてくれました。すべて彼女の写真です。書道でコンクールで入賞したこと、でも今は家から外に出ることもできず書道教室にも通えていないこと、原因はわからないけど、外に出るのは私と一緒でないと不安みたいだと。一つ一つの言葉に親の子への思いが伝わってきました。
掃除場所へ戻ると、彼も彼女も黙々と掃除をしていました。「綺麗になったね。今日は終わろうか。また次回一緒にやろう」と声をかけると、二人ともニコニコした顔で「はい」と返事をするのです。何かが吹っ切れた感じがしました。
最後に先生が「写真を撮ろう」と声をかけてくれたのです。その時、彼はガッツポーズをとったのです。初めてあった時は、ただうなづくだけの彼が、びっしょりになるほど汗を流し、最後には私と一緒にガッツポーズを。これが本当の彼の姿だと思いました。
彼女は写真を撮った後、母親のところに行き、内緒話をしているのです。「トイレに行きたいけど、綺麗にしたばかりだから使うのが悪いよね」と。そんな気遣いをしていたのです。その話を母親から聞き、思わず彼女の前で笑ってしまいました。私の笑いに彼女も恥ずかしそうに笑ったのです。彼に「使ってもいいよね」と話しかけると、「使ってもらうために綺麗にしました」と。
『親子の愛を大切にし、少しずづ、少しずつでいいから、いろんな話をしていこうね』と心の中でつぶやきました。大丈夫だよ、頑張れ子どもたち。(子は宝です)