第25回「見えないところで頑張っている」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」 第25回

中野敏治
「見えないところで頑張っている」

秋になると文化祭と一緒に合唱コンクールを行う学校も多くあります。この合唱コンクールでは毎年たくさんのドラマが学級で起きます。合唱コンクール当日まで、トラブルもあり、クラスの団結もあり、その一つひとつがクラスの思い出となっていきます。

あるクラスの合唱コンクールの様子です。まだカセットテープが使われていた頃に学級で起きた出来事です。

合唱コンクールが近づくと、各学級では、どんな曲を歌うかをいろいろな曲を聞きながらクラスメイトみんなで決めていきます。全員一致で曲が決まることはなかなかありません。
そこで、それぞれが歌いたい曲のよさをクラスメイトに主張しながら、話し合います。
それでもすぐに決まることはありません。それぞれが話し合いながら、どこで折り合いをつけるかになってきます。
ここからが、合唱コンクールへ向けてのスタートです。

パートを決めて

曲が決まれば、練習です。クラス全員で、曲の歌詞をゆっくり読み、イメージをつかんでいきます。そして、パートリーダーを決め、三部合唱の場合は、クラスが三つのパートにわかれ、パートリーダーを中心に、練習を始めます。曲が決まり、パートが決まると、毎日、朝の会・帰りの会と練習を繰り返して行います。
大変なのは伴奏者と指揮者です。それぞれのパートを回って、伴奏や指揮をしていくのです。一つのパートで伴奏や指揮をすると、他のパートには伴奏者や指揮者がいません。

伴奏者が動き出した

放課後、「先生、空のカセットテープ三本ありますか?パートごとに音を入れてきたいんです」と伴奏をしている生徒が職員室にいた私のところに来ました。私の机の中にあったカセットテープを三本、彼女に渡しました。
翌朝、彼女は「先生、録音を終えたので、これをパートリーダーに渡して、パートごとに練習していいですか」と三本のカセットテープを職員室へ持ってきました。
彼女は自宅でピアノを弾き、一晩でパートごとの伴奏をカセットテープに録音をしてきたのです。
彼女からカセットテープを受け取りながら「放課後の練習でこのカセットテープを使おうな。ありがとう」と彼女に声をかけました。

消し忘れの彼女の本音

私の担当教科の授業がない時間に、そのカセットテープを聴いてみました。
伴奏のうまい彼女なら、あっという間に三つのパートを録音したのだろうと思っていたのですが、そのカセットテープから流れてきた音を聞き、驚きました。
ピアノの音だけでなく、彼女の言葉も入っていたのです。
その言葉は、独り言のようでした。彼女は自分の言葉が入っているとは思わないまま、私にカセットテープを渡したのです。
「もうこんな時間だ」「何でうまくいかないの」「あ~、もう!」など、彼女の嘆きに近い声が入っていたのです。
ショックでした。伴奏の録音など簡単だと思っていた私は、彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。クラスメイトも録音は簡単にできるものだと思っていたことと思います。
放課後までに彼女の声が入っていた部分を消しました。そして、パート練習前に彼女に三本のカセットテープを渡しました。彼女は、パート練習で自分が伴奏できないパートのリーダーに、「パート別に音が入っているから、このテープを使って練習してね。コンクール、頑張ろうね」とニコニコしながら渡しているのです。受け取ったパートリーダーも「うん、ありがとう。頑張ろうね」と彼女に返事を返していました。

そして、結果発表
クラスメイトは何もなかったように彼女が録音してきたカセットテープを使い、パート練習を始めました。彼女は、昨夜の録音時の苦労を誰にも話しませんでした。
練習は日々、盛り上がってきましたが、合唱コンクールを頑張りたいという生徒と少ししらけ気味の生徒が、ぶつかることもありました。「もっとしっかり歌ってよ」「これでも歌っているつもりだ」そんな言葉が各パートから聞こえてきました。
みんな中学校生活最後の合唱コンクールだから、頑張りたい気持ちがあるのはわかっていました。でも、他の生徒から見ると頑張っているように見えない生徒もいるのです。
いよいよ、合唱コンクールの日がやってきました。ステージに上がった生徒たちはみんな緊張しながらも真剣に歌いました。
そして、結果発表の時、全校生徒はシーンとなりました。いよいよ発表の時です。「優勝は◯組」という言葉が体育館に響きました。クラスが優勝したのです。この結果を聞いた瞬間、クラスの生徒はみな飛び上がり、涙する生徒もいました。
その日の帰りの会で初めて彼女の録音したカセットテープのことを担任からクラスの生徒に話しました。生徒は彼女の方を見て、涙を流しながら「ありがとう」「ありがとう」と。
見えないところで頑張っている姿に気づいた時、生徒たちは大きな感動と感謝の気持ちを表現しました。そして、このみんなのための見えない頑張りは、他のクラスメイトへと繋がっていくのです。(子は宝です)