第24回「人は必ず成長をするのです」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」 第24回

中野敏治
「人は必ず成長をするのです」

便器の汚れ

数年前、大変やんちゃな生徒がいました。彼は中学二年生。やんちゃ過ぎて、とうとう通っていた学校で彼は出席停止になってしまいました。
彼は私の勤務校の生徒ではありませんでしたが、不思議な縁で、出席停止中の彼と関わるようになりました。
彼に何かを指示すると「俺をパシリにするつもりか!」と私に威嚇してきました。それでも、彼と関わり続けると、彼は無邪気さを見せるのです。
彼を公衆トイレに連れて行き、ふてくされぎみな彼の横でスポンジにクレンザーをつけて、素手で便器を磨き始めました。
彼は驚いた目で私の手先を見ていました。「おい、やってみろよ」と声をかけると「俺をパシリにさせるような言葉で言うな!」といいながらも彼はトイレから出て行きませんでした。
額の汗を拭きながら、クレンザーをつけたスポンジを黙って彼に手渡すと、彼は素直に手を出したのです。私はそのまま目の前の便器を磨きました。彼は私の横の便器をゆっくりと磨き始めたのです。
しばらく、会話を交わしませんでした。彼は便器の中の汚れを一生懸命に取ろうと夢中になっていました。彼の額にはじわっと汗が光ってきました。彼は近くに置いてあったサンドメッシュを持ち、さらに便器の汚れを取ろうとしていました。
数分後「よ、これ使ったら、汚れ取れたけど、俺の指紋も取れたぞ!」と真顔で私に声をかける彼を見て、おかしくなって笑い出してしまいました。笑っている私を見て、「なんで笑うんだ!」と、彼は怒るのです。
ある日、彼にいつか読んでほしいと思い、「あとからくる君たちへ伝えたいこと」(著:鍵山秀三郎氏)という本を渡しました。
翌日、彼に会うと、「あの本、もう読み終えたぞ!」と言うのです。まぁ、冗談だろうと思って、「感想を聞かせろよ」と言うと、彼は本の中に書いてあったことをどんどん話すのです。
「よ、『三つの幸せ』ってしてるか?」と私に質問をしてくるのです。
どきっとしました。彼は、すらすらと「『してもらう』幸せ、『できるようになる』幸せ。『してあげる』幸せ。この三つだぜ」と得意そうに言うのです。
数日後、出席停止期間が終え、彼は学校へ戻って行きました。

彼との再会

翌年の四月、学校長として勤務先が変わりました。驚いたことにその勤務校は彼の通っている学校だったのです。
彼はまだ落ち着いていませんでした。ある日の朝会の時、全校生徒が体育館に整列が終えたあと、彼が遅れて入ってきたのです。彼の姿を見た瞬間、その日に話そうと準備していた話を変えました。
ステージに上がり、体育館の一番後ろにいる彼をじっと見ました。彼と目が合いました。そして「『あとからくる君たちへ伝えたいこと』という本を読んだ人いますか?」と全校生徒に投げかけました。
彼の視線はステージにいる私をじっと見ていました。さらに話を続けました。「この『あとからくる君たちへ伝えたいこと』という本を一晩で読み、しかも内容をしっかりと覚えている生徒がこの中にいるのです」と伝えると、彼の顔の表情は明るくなりました。
この日の朝会の話は彼のために話をしました。そしてそれを知っていたのは彼と私だけでした。

校長室の前に

それから数年後のある日、校長室のドアのガラス越しに一人の男性が立っているのです。
その男性はこちらをじっと見ているのです。そして、トントンとドアをノックし、そっと静かにドアを開けたのです。
そこにいたのは、彼でした。
彼の姿を見て、訳もなく嬉しくなりました。
「先生、今、お時間ありますか」という彼の大人びた言葉に大笑いしまいました。
「笑うなよ」と怒る彼。
相変わらずの関係でした。
彼は定時制高校へ行ったのですが、勉強をサボってしまい、進級できなかったこと。今は、定時制高校でやり直しをしながら、大きな会社でバイトをしていること。そして、バイト先で何人かの人を指示する立場にあることなどを話し出したのです
「職場で社員をパシリにしているんじゃないだろうな」と笑いながら彼に言うと、彼は、「仕事だからちゃんと指示を出しています」と、大人びた返事が返ってくるのです。上司に認められ、今、すごくやりがいがあるというのです。
そして、渡した本の内容も一緒にトイレ掃除をしたことも、朝会で彼に向けて話したことも、彼ははっきりと覚えていたのです。
彼は帰る時、彼は「先生、ありがとう」といいながらドアを閉めたのです。
人は必ず成長をするのです。 (子は宝です)