第24回「生徒の心の奥に気づくとき(教師の心眼力)」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
「生徒の心の奥に気づくとき(教師の心眼力)」

父親と二人暮しの生徒
ある日の朝、職員の打ち合わせが終えたとき、職員室のドアが勢いよく開きました。そこに立っていたのは一年生の克哉(仮名)でした。何もしゃべらずに立っている克哉に担任の能仲が「どうした」と声をかけると、克哉は一言「下駄箱に上履きがない」と。彼の言葉を聞いた職員はすぐに探しに行きましたが、見つかりませんでした。
2時間目が終わるころ、用務員さんが、「正門近くの垣根の奥にあった」と言いながら克哉の名前が書いてある上履きを持って職員室に来ました。
誰かが克哉に嫌がらせをし、上履きを隠したのではないかと、学年の職員は思いました。でも、担任の能仲は不思議に思っていました。克哉はクラスの中で嫌がらせを受けるような生徒ではありません。克哉は父親と二人暮しで、父親は毎朝早い時間に仕事に行き、そのあとに彼は起きるのです。そして一人で朝食を食べ、登校をしていたのです。能仲は彼の遅刻が多い理由もわかっていました。
克哉の上履きがなくなり、垣根の奥で見つかったということは、嫌がらせと考えるのが普通だとわかっていても、能仲には何かひっかかるのです。

「新しい上履きを買ってもらった」
数日後の朝、また克哉が職員室に来たのです。「上履きがない」と。一週間に二度も、しかも同じ生徒の上履きが。
今回は見つかりませんでした。でも、彼は翌日、新しい上履きを用意してきました。「先生、新しい上履きを買ってもらった」と、ニコニコしながら能仲にその上履きを見せるのです。
一週間後、彼の上履きが見つかりました。彼の通学路脇の草むらに見えないように置かれてありました。
ますます能仲は不思議に思いました。そんな思いでいる時に、放課後、彼が「下履きがない」というのです。
上履きがなくなった時と同じように、昇降口に探しに行きましたが、見つかりません。克哉は翌日には新しい下履きで登校してきました。今までの下履きより、蛍光色のある目立つ下履きでした。「先生、これどう?昨日、お父さんに買ってもらったんだ。名前もここに書いてもらったよ」と嬉しそうに、能仲に見せるのです。
その日の昼休み、「先生、下履きが体育館のゴミ箱に入っていた」と、克哉が能仲に伝えてきました。でも、体育館のゴミ箱は目立つところにあります。誰も気がつかないのが不思議でした。

「お父さんは好きか?」
ある日、能仲は克哉に「お父さんは好きか?」と尋ねました。克哉は、「大好きだけど…」と言葉を途中で止めました。「大好きだけど、何?」と能仲が聞くと、克哉は「だって、お父さんとはなかなか話す時間がないし、俺、家にいても一人でいる時間が多くてつまらない」というのです。「お父さんと一緒の時間を過ごしたいんだね」という能仲の言葉に、克哉は泣きそうな顔をしてうなずいたのです。「お父さんと一緒に下履きを買いに行ったのは、すごく嬉しかったんだね」とさらに言葉をかけると、克哉は声を出して泣き出したのです。
このとき、能仲の心の中で一つの予感が確信に変わりました。なくなった上履きや下履きは隠されたのではなく、克哉が隠したのだと。
能仲はゆっくりとした口調で克哉に話しかけました。「克哉、もう過ぎたことだから言ってほしいんだ。なくなった上履きや下履き、あれは克哉が隠したんだよね」と。克哉は返事をしませんでした。じっと下を向いているだけです。「先生は克哉を信じているから、真実を知りたいだけなんだ。隠したのは克哉だよね」とさらに話を続けました。口調は穏やかでも、能仲は真剣な表情でした。

泣きながら顔をぐしゃぐしゃにして話す
克哉の目は視点が定まりません。どうしていいのか動揺している様子がわかりました。
「か、つ、や」と能仲が声をかけたときです。克哉は声を出して泣き出したのです。それは小さな声でしたが「先生、俺が自分で隠した」と、やっと言えたのです。その言葉を聞いて能仲はホッとしました。言葉を返さずにじっと優しい目で克哉を見ていました。
能仲には、克哉がどうして自分で隠したのか、その理由は予想がついていました。
泣きながら、克哉が話し出したのです。「俺、俺、先生、俺ね。お父さんに僕のことを見ていて欲しくて。だから、下履きを一緒に買いに行った時すごく嬉しかった」と、泣きながら顔をぐしゃぐしゃにして、話したのです。
彼の心の奥の寂しさが能仲には十分すぎるほど伝わってきました。そして一言「克哉、今度、俺と買い物にいくか?」と声をかけたのです。
(子は宝です)