第21回「やめるんじゃないぞ」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
「やめるんじゃないぞ」

受験拒否

春を待つ冬の終わりは受験の季節です。
中学三年生は自分の進路を決めるときです。受験校を決めるまで、生徒は何度も、何度も担任と相談し、保護者と相談し、自分の進路先を考えてきました。そして、いくつもの高校の説明会に参加し、自分にあった受験校を探してきました。
いよいよ受験の日です。緊張感の中、自分の目指す高校で入試を受けてきます。
問題をよく起こしていた生徒が、受験日の朝、中学校に電話をしてきました。「体調が悪いから、今日は行かない」と。その電話を受けた担任はびっくりしました。
保護者はすでに仕事に行って、家には彼一人。受験しなければ合格もできないのです。
担任がすぐに彼の家に行きました。
彼は今まで勉強をあまりしてこなかったので、受験しても受からないと自分で決めていたのです。そんな思いがあって、受験日の朝、担任に体調が悪いと言って、受験をするのをやめようとしていたのです。
試験開始まで、あまり時間はありませんでした。担任は、彼と話をして、「まず、受験をしてみよう」と彼を連れて、試験会場へ行きました。
試験が終えたころ、彼から担任に電話が入りました。
「試験終えた。できなかった。今から帰る。朝、ありがとう」とだけ伝えて電話を切りました。

合格発表の日

合格発表の日が来ました。生徒は自分が受験した高校へ合格発表を見に行きます。みんな緊張し、ワクワク、ドキドキです。
いよいよ合格発表の時間です。生徒の緊張感はさらに高まります。発表された瞬間、歓喜の声があがります。そして、不合格だった生徒も、合格した生徒も、その結果を学校に電話してきます。
この時間は、職員室の電話が鳴りっぱなしです。職員室では担任が電話の前で待っています。電話がなった瞬間に、担任は受話器を取ります。
「先生、合格した!」
「やった!おめでとう」
「この学校を一緒に受けた人、みんな受かったよ」
「本当か。やったな。みんなで学校に戻ってこいよ」
「うん、わかった」
でも、残念なことに不合格だった生徒もいます。
「先生、だめだった。今から帰るね」
「そうか、そうだったか」と担任の言葉。
こんな電話のやり取りが職員室から聞こえてきます。

やめるんじゃないぞ

気になる彼からの電話がなかなか入ってきません。職員室の電話が鳴りやみ、一時間以上過ぎたころです。
職員室の電話が鳴りました。彼からの電話でした。担任はすぐに電話口にきました。
「どうだったの?」と彼に話しかけました。
彼は、小さな声で「受かった」と。その言葉を聞いた担任は職員室で大きな声をあげました。
「本当?やったね。いい、絶体に三年間、学校をやめちゃだめだよ。いい、もし何かあったら、私のところに来なさい。絶対にやめるんじゃないよ」と、職員室に響く力強い声で彼に伝えたのです。そして担任の目には涙が。

その日の夕方です。外はすでに暗くなりはじめていました。その暗い中、職員玄関に一人の生徒が立っていました。
彼でした。職員玄関に出た担任に彼は一言「先生、ありがとう」とだけ言って、帰っていったのです。
担任は言葉を返す間もありませんでした。担任は目を真っ赤にして彼の後ろ姿を見送りました。
高校受験は、生徒一人ひとりを大きく成長させていきます。
そして、生徒の頑張りに教師もたくさんの感動を生徒から与えていただいています。
(子は宝です)