第20回「子どもはこんなにも意地らしいのです」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
「子どもはこんなにも意地らしいのです」

思春期の子どもは、こんなにも意地らしいのです。心が震え、涙が溢れてきました。

ある日、一人の生徒が学校を休みだしました。
身体のある部分に痛みがあると、町医者に行ったのです。その医者で、大きな病院を勧められました。数日後に大きな病院で検査を受けました。その間、彼はしばらく学校を休みました。
数日後に父親が学校へ来ました。その日は曇り空でしたが、父親はサングラスをかけていました。応接室で父親と話をしました。父親は応接室でもサングラスを外そうとはしませんでした。静かな口調で父は話し始めました。途中で言葉がつまりながらも話をしてくれました。その父親の言葉に驚きました。「息子の痛みの原因は、悪性の腫瘍」と。その場の空気、時間が止まりました。返す言葉がありませんでした。父親は顔を下げ、視線は床を見ていました。
ぽつりぽつりと父親は話を続けました。「最初の医者で、腫瘍の疑いがあると言われたとき、その医者は何を言っているんだと思ったんです。だって、小学校からずっとサッカーのレギュラーで、試合にもずっと出てきた息子ですよ。怪我はしても病気などしたことがない息子ですよ。その息子の痛みの原因が『腫瘍の疑いがある』と言うんです。そんなの信じられますか。」と。
少し、時間をおいて父親は話しを続けました。「大きな病院に紹介状を書いてもらって、その病院でいろいろ検査をしたら、腫瘍があると言われたんです。信じられない、そんなの信じられない。今まで元気だった息子ですよ。信じろって言っても無理です」と。サングラスの奥に見える父親の目は、もう涙がたまっているのがわかりました。既に声も涙声になっていました。
なかなか外さないサングラスが気になって「そのサングラスは?」と父親に尋ねると、「先生、恥ずかしいんですが、俺、息子の病名が信じられずに、毎日、涙が止まらず、目がはれても、それでも涙が止まらないんです。はれた目を隠すために、サングラスをしているんです。息子の方がもっと苦しいのに、情けないです。息子、冷静に医者の話を聞いていたんですよ。そして、サッカーはまたできるのですか、と医者に聞いているんですよ。生きてほしいんです。生きてほしいんですよ。息子には。」と言いながら、父親は、顔をうつむき、涙は頬をつたい流れてきたのです。
彼は大きな病院でさらに詳しい検査をし、手術のために遠方の専門の病院へ行くことになりました。
彼は「手術する前に、一回、学校へ行きたい」と、父親に頼んだのです。検査をしている時です。それでも、「手術のために入院をすればいつ友達に逢えるかわからない、だからその前に学校に行きたい、みんなに逢いたい」と頼んだのです。
そして、彼は病院の許可をもらい、入院の数日前に学校へ両親と一緒に登校しました。彼は、みんなに逢いたいだけではなかったのです。自分の病気のことを自分の言葉でみんなにちゃんと伝えたかったのです。
体育館に彼が所属している学年の生徒が集まりました。そこで彼は自分の病気のことをみんなに話し始めたのです。医者から聞いたすべてのことをみんなに話したのです。そして、これから手術のために、また違う病院に入院することも。しばらくはみんなと連絡ができないということも。体育館はしーんとしました。そして、涙を流す生徒もいました。でも、彼はみんなに言うのです。「大丈夫だから。元気になるために手術をするんだから。みんな待っていて」と。
彼は涙を流しませんでした。きっと一番泣きたかったと思います。友達を前にして話したとき、泣き崩れても不思議ではなかったのです。そのことも父親は心配していました。もしそうなっても、「彼の思い通りにさせてあげたい」と父親は言いながら、体育館の後ろで母親と一緒にそっと彼を見守っていたのです。
彼は自分の思いを伝えきりました。体は小刻みにふるえ、言葉は詰まってしまったものの最後まで涙は見せませんでした。
彼は学年のみんなに自分の思いを伝えた後、両親と一緒に学校の玄関を出ようとしました。その時、彼は振り向いて、見送りにきていた多くの先生方に言うのです。「先生、行って来るね。また帰ってくるから」と。泣いてはいけない、泣いてはいけないと思いながらも、彼の言葉に両親も先生方も涙が溢れてきました。本当は、一番不安で辛いのは彼なのです。でも、彼はみんなにその様子を見せないのです。
まだ中学生、でも彼は、こんなにも周りの大人に、周りの仲間に気を遣い、勇気を与えているのです。彼のうしろ姿を見ながら、大丈夫、大丈夫と心の中で願いました。
(子は宝です)