第19回「教え子に学び、泣かされて」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
「教え子に学び、泣かされて」

教え子に声をかけられ、クラス会に参加することが多くあります。すでに、社会人となっている教え子たちとのクラス会は、様々なことを私に気づかせてくれます。
教え子たちは地元を離れ、いろいろなところで生活をしています。会社を立ち上げた生徒、フリーのアナウンサーをしている生徒、実業家を目指している生徒、海外で仕事をしようとしている生徒、もうすぐ芸能界の人と結婚をする生徒、農業がしたく信州で農業経験をしていた生徒、みんな自分の道を歩んでいました。
彼らは中学校を卒業した後も、何人かが集まると、自分たちの中学校の卒業式のビデオを見ていたと言います。
ある男子が中学校時代の修学旅行を思い出して、こんな話をしてきました。
「先生、今だから言えるけど、先生が良く寝ていたから、先生の枕元をそっと通って、部屋を出ちゃった」と言い出したのです。
修学旅行の時、夜、生徒が部屋を抜け出すのが心配で、男子の部屋で私は生徒と一緒に寝ました。そのまま生徒の部屋で熟睡をしてしまったのです。「やられた!」と言う感じでした。「先生、俺たちはしてないよ。部屋を出たのはこいつ一人だけだからね」と近くにいた男子が笑いながら言うのです。みんな爆笑でした。
本当に楽しい時間を教え子たちは過ごしてきました。そして、何年たってもその時のことを鮮明に思い出し、楽しんでいるのです。

俺、友達がいなかったんだ

あるクラス会で、教え子たちと一緒にお酒を飲みながら、中学校時代の懐かしい話で盛り上がりました。
そのときです。一人の男子生徒が、「俺、あのとき友達がいなかったんだ」と言い出したのです。一番やんちゃで、一番元気だった生徒です。
中学時代、彼の家に何度も行きました。朝、起きず、登校しない時、彼の家に行き、彼の部屋に入り、彼が寝ているベッドに潜り込み「耳元で、もうそろそろ学校に行こうか」とささやいたこともありました。
ある時、彼の家に家庭訪問に行った時のことです。彼の母親が「息子が、先生に食べてほしい」と言いながら、彼が一番好きなおかずを瓶に入れて私にくれたのです。あの頃、彼は友達がいなかったというのです。
その当時、彼はいろいろと問題を起こしていました。クラスのみんなは、それでも彼を受け入れていました。
でも、彼はみんなに迷惑をかけていると思って、自分からクラスメイトと距離を取ったのです。本当にその時は寂しかったと思います。
卒業してから十五年たって、彼は自分の気持ちを話し出したのです。
彼の目には涙がたまっていました。そして彼は話を続けたのです。「俺、あの時、寂しくて、寂しくて、他の学校のやんちゃな生徒とつながっていったんだ。なんかその時は、友達が出来たって思えて、すっごくうれしかった。やんちゃなやつらだけど、俺にとってはあのとき一番の友達だったよ」と。
クラスメイトも私もその当時の彼の気持ちを初めて知ったのです。
彼の心の声に、ジーンとしました。私もクラスメイトも、こぼれんばかりの涙が目にたまっていました。
あの時、彼の心に気がついていれば、あの時、もっともっと彼と話ができていれば。そんな思いでいっぱいでした。
そんな私に向かって、彼は言うのです。
「先生がいてくれたから、今、俺は、会社を経営できているよ。反抗してばかりしていた親父も俺の会社を手伝ってくれているよ。先生、ありがとう」と。

こんなに真剣に考えてくれる大人がいたんだ

二次会で私の横に座ったのは、私が顧問をしていた卓球部の女子キャプテンでした。「そうそう、あのとき泣いたよな」と小さな声で声をかけました。
彼女は、大会の前日の練習でミスばかりしていたのです。原因は分かっていました。試合に勝たねばならない、キャプテンとして、私が勝たなければ、団体戦も負けてしまう。そんな思いから、緊張し、ボールが打てない。声も出ない。ぎこちない動きになっていたのです。
その日の練習が終えて、彼女を会議室に呼びました。できるだけゆっくり、彼女に話しかけました。
「そんなに緊張しないでいいんだよ。自分のやってきたことを試合で出せばいいんだから。結果はそのあとのこと。キャプテンであっても、なくても同じ。自分のやってきたことを出すだけでいいんだよ」と。
そんな話をしていると、彼女は号泣するほど、泣きだしたのです。涙が床に落ちるほどでした。なぜ、そんなに泣いたのか、ずっと分からずにいました。
飲んでいる私の横で、彼女が言った言葉に驚きました。
「先生、あのとき泣いたのは、先生の言葉を聞いて、先生が心配してくれていることを感じて、『こんなにも真剣に考えてくれる大人がいるんだ』と分かって、それで、涙があふれてきたんだよ」というのです。
あのときの涙は、彼女が大人を真剣に感じたときだったのです。
(子は宝です)