第16回「この夏、頑張りぬいた一人の少年がいた」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第16回2013年8月
「この夏、頑張りぬいた一人の少年がいた」

ある春のこと、新入生を迎え、部活動説明会が体育館で行われました。各部の部員が新入生の前で順番に自分たちの部を紹介するのです。
それぞれの部では、自分たちの部に興味を持ってもらおうと、さまざまな工夫をしての紹介です。卓球部は、卓球台を並べ、実際の練習を紹介し、テニス部は移動式のネットを体育館に置き、サービスやボレーの練習なども紹介しました。吹奏楽部はミニ演奏会を行うなど、どの部も新入生に入部をしてもらおうと一生懸命でした。
バレーボール部の番になりました。三年生六人、二年生一人という部です。部員は少ないのですが、県大会常連の部です。時には関東大会にも出場していました。
前年度もこの少ない部員で、県大会に出場をしていたのです。しかし、三年生がこの年の夏で引退すると今の二年生一人になってしまいます。大会どころか部活動の継続さえ難しい状態です。
キャプテンが、今までの実績や部活動の練習内容などを紹介し、新入生に入部を呼びかけました。
そのあと、一人しかいない二年生部員のA君がマイクを持ち「お願いです。五人でいいです。入部してください。僕はバレーボールが好きなんです。一緒にバレーボールをしましょう」と訴えるように新入生に声をかけました。

その夏、三年生が引退しましたが、バレーボール部は存続していました。新入部員が五人、入部していたのです。部内で最上級生となったA君は部員をまとめていました。二年生一人、新入部員五人のチームでも顧問とともに他校との練習試合や校内練習を熱心に行っていました。
A君の熱心な練習ぶりに後輩たちもどんどん力をつけていきました。他校の二年生以上の力をつけたようにさえ感じました。

三年生が卒業し、四月に新しい年度になりました。
A君は三年生です。そして部活動ができるのも、あと数か月、この夏までです。
今まで指導をしてくれた顧問の先生がその年の春に転勤になり、新しいバレーボール部の顧問の先生は初めてバレーボールをやるという先生でした。A君が頼りにしていた顧問の先生もかわってしまったのです。

新しい顧問の先生は、以前の顧問の先生のように生徒たちと熱心にバレーボールの練習をしました。あっという間に生徒たちとの信頼関係を作り上げたのです。
バレーボールの経験のない新しい顧問の先生は、夜になると社会人にバレーボールを教わり、自分でも練習をしていたのです。
A君と新しい顧問の熱心さで、部員たちは今まで以上に力を合わせ、練習を続けました。

いよいよ、A君にとって最後の夏がやってきました。
少ない部員で大会に臨みました。地区大会が始まりました。大会当日、二年生の一人が体調を壊し四月に入部したばかりの一年生が試合に出場したのです。
試合中、A君は部員一人ひとりにずっと声をかけていました。相手のスパイクを必死でひろい、部員があげたボールを力いっぱいスパイクしました。そして、顧問の先生と目で会話をするように、アイコンタクトをしているのです。
地区大会、とうとう決勝戦まで勝ち上がりました。結果は準優勝。ブロック大会への出場権を得たのです。
数日後に行われたブロック大会。二年生一人の体調がまだ良くならず、このブロック大会も一年生を入れたチームで参加しました。A君は地区大会と同じように大きな声をだし、夢中でボールを拾い、そしてスパイクを打ち続けました。
応援の部員数も他校とは比べ物にならないくらい少ないのです。しかし、保護者が大勢集まり、大きな声で応援をしていました。先生方もたくさん集まり、大きな声で応援をしました。
一回戦、二回戦と勝ち進み、そして、県大会への出場権をかけての試合まで勝ち進んだのです。
そして、彼らはその試合に勝ったのです。この少ない部員でブロック大会を勝ち抜き、とうとう県大会に出場したのです。
必死です。夢中です。なくなるかもしれなかった部から、A君の熱意でここまで部員をまとめ、県大会まで勝ち進んだのです。
県大会に出たことで、彼らは満足していませんでした。「一試合でも多く、このメンバーで試合をしていたい」と感じるほどチームワークが出来ていました。
県大会で彼らは破れました。しかし、最後の試合を終えたA君の頬には大きな、とてもきれいな涙が光っていました。涙を流しながらも、部員に声をかけているA君の姿に多くの人が目頭を赤くしました。(子は宝です)