第14回「授業エスケープ」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第14回『授業エスケープ』

葉が落ちて、秋の深まりを感じるころ、三年生は受験勉強が本格的に始まってきます。
そんなある日のことです。授業が始まってまもなくして、三年生の数学を教えていた先生が職員室に駆け込んできました。「○○君と○○君が授業に来ていない。前の時間まではちゃんと授業を受けていたとクラスの生徒たちは言っている。探してもらえますか」と、先生方に声をかけました。
その言葉を聞いた先生方全員が席を立ち、いなくなった生徒を探しに職員室を出て行きました。いつも先生方の行動のすばやさに驚いています。職員室を空にできないので、私ひとり残りました。学校事務職員の方が職員室に来たところで、私もいなくなった生徒を探しに職員室を出ました。
体育館の裏から各階のトイレの中まで見て回りましたが、彼らを見つけることはできませんでした。外に出て行って、もう校地内にいないのかと思い始めたとき、ふと、思いついた場所がありました。校舎の裏側に一箇所だけ死角になって、校舎からは見えにくい場所があるのです。
その場所へ一人で向かいました。静かにそっとその場所へ近づくと生徒の小さな声が聞こえてきたのです。そして、壁からそっとその場所を覗くと、やはり二人の生徒が座り込んでいたのです。

一緒に授業サボる?

彼らは、私の姿を見るとあわてて立ち上がり逃げようとするのです。授業をさぼっていた二人です。当然、叱られると思ったのでしょう。
逃げようとする彼らに私もあわてて声を掛けました。「いいから、もう少しここにいようよ」と。彼らはきょとんとした顔で「え?」と小さな声を出しました。「早く教室へ行け!」と、言われると思っていたのでしょう。
じっと私の顔を見ているのです。何を言われるのか、不安なようでした。彼らはその場に立ったまま動かないのです。
「俺も少し、ここで仕事をサボろうかな?」と彼らに声をかけながら、そこに腰をおろすと、彼らはさらに驚いた顔をしました。彼らはその場で立ったまま動かないのです。「いいから、ここに座れよ」と彼らに声をかけました。黙ったままそっと私の横に彼らは座りました。でも、言葉はでないのです。
少しの沈黙。その間、彼らは叱られるのではないと分かったのでしょう。徐々に安心した顔になってきました。
ぼそっと「なんでここにいるって分かったんだ?」と彼らの言葉。その言葉に笑いながら「においがしたんだよ。ここにいるというにおいがね」と答えました。彼らも私の言葉に返してきました。「先生もにおうよ。俺たちと同じにおいが」と笑いながら言うのです。
「先生って、中学時代、俺たちみたいにツッパリだったでしょ。におうよ」と鼻をくんくんさせながら、私の中学時代の話を聞こうとするのです。「そうかもしれないけど、人には迷惑をかけなかったよ」と答えると、彼らは安心したような顔つきで、いろいろなことを話し出しました。仲間と喧嘩したこと、部活動の練習を頑張ってきたこと、でもなかなか大会では勝てなかったことなど、話し始めたのです。
彼らの話をさえぎるように「なんで、授業に出ないんだ」と彼らに声をかけました。彼らは、顔を見合わせてちょっと考えてから、ゆっくりと、そしてはっきりと「だって、○○の勉強がぜんぜんわからないから、授業がつまらないんだよ」と素直に答えるのです。真剣な顔でした。彼らの心の言葉だと思いました。
「勉強すれば解決することだよ。勉強すればわかるようになるよ。」と気楽に彼らに言葉をかけたのですが、彼らは真剣でした。「先生、俺、たぶん、小学校の問題も出来ないかもしれない。どうすればいいのかな。もう進路だぜ」と、真剣に話すのです。
彼らは真剣に自分の将来を考えていたのです。そして、今までの自分を振り返っていたのです。彼らは授業をサボりたくてサボっていたのではなかったのです。心の行き場がなく、話せる相手もなく、ここで二人だけで話をしていたのです。
「そうなんだ、自分でどこを受験したいのか考えているんだろう。担任の先生に相談しているか。明日が受験日じゃないんだぞ。まだまだ時間はある。自分の限界に挑戦してみろ。」とやや強い口調で彼らに話しました。少し目に涙をためはじめていた彼らが、唇を強く結び、小さくうなずいたのです。

校舎の中では、先生方がまだ二人を探していました。
二人を連れて校舎に入りました。そこに担任の先生がきました。「何やっているの?みんな心配していたんだから」と、担任の先生は額の汗を拭きながら彼らに声をかけたのです。そっと後ろから彼らに「理由はともかく迷惑はかけないことだぞ」と言葉をかけると、素直に「ごめん」と担任に頭をさげるのです。

「授業に出ていない=授業をサボっている=怠けている」とは、必ずしもならないのです。
(子は宝です)