第12回『いじめなんかに負けないぞ!』

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第12回『いじめなんかに負けないぞ!』

○「先生、監督になって!」
ある日の放課後、三人の生徒が職員室にやってきました。三人ともクラスが違う仲間たちです。彼らは私の近くへ来て、小さな声で、「先生、ちょっと話があるので、廊下まで来てくれますか?」と話しかけてきました。
あまりにも、突然のことで、何の話なのか想像もつきませんでした。しかも、廊下で話したいというのです。
「ここでは話せないの?」と声を返すと、「相談があるので、廊下で話したいのです。」と言うのです。
彼らと一緒に職員室を出て、廊下の先にある相談室へ向かいました。相談事なら廊下で話すより、相談室のほうが落ち着くと思ったのです。

○劇をやりたいんだ
三人は相談室のソファーに座ると、いきなり「先生、劇をやりたいんです。監督になってください。」と言うのです。
「俺はテニス部の顧問だし、劇の監督なんかできないぞ。」と答えると、彼らは真剣な顔で「先生、俺たち、今度の文化祭で、劇をやりたいんです。その監督になってほしいんです。もし、先生が俺たちの監督になってくれれば、有志での参加ということができそうなのです。それに…」と、言葉をいったん止めたのです。そして、言葉を続けました。「俺たち、全校生徒に訴えたいことがあるんです。」と。
文化祭は、部活動やクラス単位での参加でした。彼らはその原則を知っていながら、有志で参加し、全校生徒に劇を見てもらい、訴えたいことがあるというのです。
「クラスの出し物もあるし、部活動もあるだろう。いつ練習をするんだ。それに、俺は劇の監督はしたことないぞ。」と遠まわしに、監督は無理だ、と言ったつもりでしたが、彼らは、すでに脚本を作って、練習は毎日昼休みに行うなどのスケジュールも作っていました。

○「いじめ」なんかに負けないぞ!
彼らが手にしていた脚本を読むと、いじめにあっていた生徒が、クラスでいろいろなことを経験しながら、いじめに負けない勇気といじめのない学級を作っていく内容でした。よくも三人だけでここまで準備をしたと驚きました。
「先生、俺たちにとって最後の文化祭だし、この劇で、全校生徒にいじめについて訴えたいんです。」とやや興奮し、大きな声で、私に真剣に語るのです。
私は、彼らの情熱に圧倒され、監督を引き受けました。
彼らは、参加を認めてもらおうと、文化祭実行委員会へ何度も話しに行きました。ステージ発表の時間が少し空きそうということで、二十分ほどの時間をもらうことができました。「内容は監督の責任で」という条件付きです。

○なみだ、涙のいじめ劇
毎日、毎日昼休みに彼らは視聴覚室に集まり、ドアを閉め、外からは何をしているのかが分からないようにして、練習を始めました。
部活動とクラスの出し物にも彼らは手を抜かず、一生懸命に取り組んでいました。三人で始めた練習もいつしか五人に増えていました。
脚本を何度も修正し、効果音を考え、大道具も作り始めていました。
文化祭前日、彼らは発表するいじめ劇をなんども繰り返し、演じ、本番に向けて、細かなことも確認していました。
五人だけですべてを行ういじめの劇です。知らぬ間に監督だった私は音響の係りとなっていました。
生徒の劇を見ているだけだったのですが、私もメンバーの一人になっていたのです。

いよいよ、文化祭当日です。
彼らの出番が来ました。緊張している様子がうかがえます。ステージの幕が上がり、真っ暗なステージに音楽が流れ、その暗闇から、一人の生徒の姿が浮かびあがりました。彼らが一生懸命に練習し、全校生徒へ訴えようとしている劇が始まったのです。
短い練習期間でも彼らの演技は、熱いものを全校生徒に伝えました。演劇が進むにつれ、会場はシーンとなりました。演技をしている彼らの顔には、汗と涙が流れていました。
あっという間にエンディングをむかえました。そして、大きな拍手が会場に響きました。五人の生徒は、泣き崩れるようでした。

実は、メンバーの一人は過去にいじめにあっていた生徒でした。通学用のカバンにいたずらをされたり、通りすがりに嫌なことを言われたりしたことがあったのです。
「私と同じことをされる生徒がいてほしくない」と、彼が中心になり今回の劇を考えたといいます。
彼の思いに仲間が集まり、仲間とともに劇でいじめをなくそうと全校生徒に訴えたのでした。
(子は宝です。)