第11回『みんなの力が一つになって』

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第11回『みんなの力が一つになって』

○クラスの力が試される
体育祭の季節になりました。ムカデ競争や大縄跳びなど、体育祭の種目は、みんなで協力をしていく種目、学級づくりとなる種目が多くあります。
例年、行っている種目でありながら、生徒は燃えています。昼休みになるとグランドはムカデ競争や大縄跳びの練習をする生徒でいっぱいになります。
グランドのトラックを使い、大きな声で「いち、にい、さん。いち、にい、さん。」と声を合わせ、ムカデ競争の練習です。最初は、なかなか足が合わず、転んでしまうチームが続出です。それでも、練習を重ねると、5人組のムカデも歩いていたのが走るようになっていきます。
クラスの仲間と心を合わせ、声を掛け合い、練習をしていくと、転んでばかりいたチームも、転ぶことなく、どんどんスピードが上がっていくのです。
生徒は行事で成長をしていくのです。

○トラブル発生
大縄跳びという種目は、2人が長い縄を回し、その縄をクラスの全員で飛ぶのです。その跳んだ回数で競うのです。
これは、ムカデ競争以上にクラスの心が一つにならないと、なかなか跳べません。たった一人の片足がひっかかっても、それで終わりです。
回す人も、跳ぶ人も、一生懸命です。昼休みには、多くのクラスがこの大縄跳びの練習をしています。
そんな昼休みの練習中に、クラスの中でトラブルが起きたのです。この大縄跳びの練習でいつも引っかかる男子生徒がいたのです。彼は、やや運動が苦手な生徒でした。みんなが必死で練習しても、いつも彼の足が縄に引っかかってしまうのです。
とうとう、女子が彼に文句を言いだしたのです。「ねぇ、ちゃんと跳んでよ。私たちにとって最後の体育祭なんだから」と強い口調で彼に迫るのです。
彼は何も言えません。さらに、女子は男子にも文句を言い始めました。「ねぇ、男子でしょう。男子が何とかしてよ。これじゃ、いくら練習したって絶対に勝てないわ」と。男子も言い返しますが、彼が縄に引っかかっているのは事実なのです。
それからクラスの中のムードは、とても暗い状態でした。

○彼との練習
ある日の帰り、昇降口で男子生徒が数人「今日も行くぞ」と言っているのです。それも内緒話のように小さな声で。毎日交わすこの言葉。どこに行くのか、気になっていました。
それから数日後の大縄跳びの練習で、彼は縄に引っかかる回数が減ってきたのです。
彼に「練習してきた?」とそっと聞くと、苦笑いをするのです。その横を通り過ぎるクラスの男子が、「内緒だぞ」と声をかけていきました。
その言葉が気になり、クラスの他の男子生徒に聞いてみました。すると、男子生徒が何人かに分かれ、放課後、毎日、彼の家に行き、彼と練習をしているというのです。
驚きました。みんなで運動が苦手な彼を、跳ばそうと特訓をしていたのです。それも、放課後に、彼の家に行き、練習を毎日行っていたのです。
このころから、クラスのムードも変わってきました。みんな、こんなことで中学校生活最後の体育祭が、つまらなくなりたくないと思ってきたのです。なんとかクラスがまとまらないといけないと動き出してきたのです。
大縄跳びの練習でも、大きな声が出るようになってきました。さらに、励まし合う声が出るようになりました。縄に引っかかったクラスメイトに、「いいよ」「どんまい」「さぁ、頑張ろう」と。こんなにも変わるのかと思うほど、クラスのムードが変わってきたのです。男子が、彼のために一生懸命に動いたこと、それは彼のためではなく、クラスみんなのためだったのです。

○いざ、体育祭当日
体育祭が近づいても、学年で一番跳べていませんでした。数回跳べても、やはり彼が引っかかってしまうのです。それでもクラス全員の気持ちは、以前の気持ちとはちがっていました。「一番になろう」という気持ちがないわけではありません。でも、それ以上に、「みんなで跳ぼう」という気持ちが大きくなっていました。
そして体育祭当日、とうとうこの種目の時がやってきました。ピストルの音が鳴り、大縄跳びのスタートです。「い~ち、に~の、さん」という掛け声で大縄を回そうとしたときです。
彼の横に立っていた男子生徒が、そっと彼と手をつないだのです。そして、縄が回りだしました。「いち、にい、さん…」と跳んでいくのです。つながれた彼の手はしっかりと握りしめられていました。
他のクラスが縄に引っかかっても、まだ跳んでいるのです。目の前で何が起きているのかと思いました。
跳び終えて、男子生徒が教えてくれました。
「あいつ、縄を跳ぶタイミングが合わないから引っかかるだよ。それがわかったんだ。だからあいつに『俺がぎゅっと手を握ったら跳べよ』、って言っておいたんだよ」と彼と手をつないだ男子生徒がさらりというのです。
クラスが一つになった瞬間でした。(子は宝です。)