第10回「俺たちにとっては、最後の学校なんだ」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第10回 『俺たちにとっては、最後の学校なんだ』

○深夜の駐車場でたむろする少年たち
ある日、駅前の居酒屋で職場の仲間と飲んでいました。いろいろな話で盛り上がり、居酒屋を出たのは、もう深夜11時を過ぎた頃でした。
我が家までは、歩いて30分ほどかかります。もう最終のバスにも間に合わず、タクシーは多くの人が並んでいたので、駅で仲間と別れたあと、1人で歩きだしました。
しばらく歩いたところに大型スーパーがあります。そのスーパーの駐車場の奥の暗闇の中に、数台のバイクと人影が見えました。しかも、暗闇にいる人影は私の方をじっと見ているのです。
酔っている私は、吸い込まれるように、その人影の方に足が向いていました。
人影に近づいていくと「あ、やっぱり。先生じゃん。なんでこんな時間に1人で歩いているだ?」とどこかで聞いた声がしました。さらに近づくと、そこにいたのは昨年、卒業した生徒たちでした。
「それは俺の言う言葉だよ。何でこんな時間に、こんなところにいるんだ?」と思わず彼らに言葉を返しました。
「先生、久しぶりじゃん。」という彼らの言葉から、中学校時代の懐かしい話が始まりました。
彼らとともに、私もその場に腰を下ろし、いろいろな話をしました。

○問題多き中学時代
彼らは、中学校時代に多くの問題を起こしてきた生徒たちです。
毎日のように彼らの家を訪ねました。学校で起こした問題を保護者に伝え、本人とも話をしてきました。
「先生がうちに来ると、家が大変なんだ。親父とお袋がもめるんだ。もう、こないでくれ!」と怒鳴ってきたこともありました。「お前がいろいろなことをするからだろう。親はわが子のことが心配で学校のことを知りたいものだぞ。」と言葉を返していましたが、そんな私の言葉で納得することはありませんでした。
それでも、家庭訪問は続きました。私が訪ねても、まだ本人が帰宅していない日もありました。
ある日、「先生、どうせ家に来るなら、勉強教えてや。俺、定時制高校に行ってみたい」と、思いもかけぬ言葉が彼の口から出たのです。中学3年生の進路の時期でもあり、勉強が気になりはじめ、あせりもあるのだと感じました。
今までの家庭訪問とは違い、一緒に勉強し、彼といろいろな話をする時間ができました。
私が訪ねる日に、彼の妹が「先生が来るから、たこ焼き買ってきた。」と、用意をしてくれた日もありました。

○俺たちにとっての最後の学校
そんな懐かしい出来事を思い出しながら話していると、彼らは私が忘れていることもたくさん覚えていました。「先生、学級の係り決めたとき、俺、いなかったよな。次の日に学校に行ったら、黒板係りに決まっていたよ」「2学期の俺の掃除場所、先生覚えている?俺は階段で、こいつは中庭だったよな。先生、あそこは汚かったよな。」「黒板の落書き、俺みんな覚えているよ。お前が書いたんだろう」「黒板の左側に手作りのカレンダーがあったよな。卒業までのカウントダウンカレンダーとかいってさ。あのカレンダーの表紙は誰が書いたか、知っているか?」など、次から次へと、話し続けるのです。
「どうして、そんなことまで覚えているんだ?」と彼らに尋ねると、「俺たちは、中学校を卒業して、就職しただろう。だから、俺たちにとっての学校は、中学校が最後なんだ。みんなは高校とか行って、高校生活の思い出もできているかもしれないけど、俺たちの学校での最後の思い出は中学校なんだ。」
衝撃的な言葉でした。今まで考えてもいなかった卒業生の心の言葉を聞いた感じがしました。
卒業生の言葉に、教師としての仕事に身が引き締まる思いでした
私にとっての教師は、いつでも生徒たちです。
(子は宝です。)