第9回「やんちゃな少年の心の中は」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第9回 『やんちゃな少年の心の中は』

うるせー、かんけーねーだろう
彼の口癖でした。何を注意してもいつも「うるせー」「かんけーねーだろう」という言葉が返ってきました。
校舎内で暴れ、教師の注意も聞き入れないときがありました。いつも何かにイライラしているようでした。自分で自分がわからないようにさえ感じました。
その彼がある問題を起こしてしまいました。この時の彼は、今までと違い、元気をなくし、反省をしているように見えました。

彼を相談室に呼びました。
どう話し始めたらよいのか、戸惑いました。
沈黙が続きます。
今までの彼とは違い、頭をうなだれたままです。
人を傷つけてしまったのですから。

彼の心の言葉を聞きたい。彼の本当の気持ちはどこにあるのだろうか。
そんな思いを持ちながら彼に声をかけました。
「どうしてこんなことをしたの?」という問いかけはしませんでした。
「今まで生きてきて、どうだった?」という言葉を彼にかけました。
彼はきょとんとしていました。
彼は叱られると思って相談室に来たのですからわかる気もします。
彼から言葉はなかなか出てきませんでした。
少し時間をおいて、
「一番幼い頃の記憶って何かな?少し時間をおくから思い出してごらん」
と彼に声をかけました。
彼にとっては、予想もしていない質問にますます戸惑っているようでしたが、
それでも彼は考え始めました。
「幼稚園に入る前のことを覚えているよ」
「どんなこと?」
「兄弟けんかをした」
「そうなんだ」
「それからは?」
「幼稚園に入った。にいちゃん(1つ違い)と幼稚園でお昼寝をしたことを覚えている」
「どうだった」
しばらく、沈黙が…。
「おふくろが、にいちゃんと俺の2人分の布団を大きなかばんに入れて、背中にしょっていつも幼稚園にもって来てくれた」
「どうだった?」
沈黙
「おふくろ、いつも2人分だったから大変だったと思う」
「そうだ、運動会のことも覚えているよ。かけっこで俺が1番だった」
「運動会の時のお弁当は誰が作ってくれた?」
「おふくろが作ってくれた」
「おいしかった?」
「味は覚えてないけど、玉子焼きはあった」
こんな話を中学校の入学までしていった。

彼の目にはうっすらと涙がたまってきていました。
「親に迷惑をかけるなよ。一番大切な人は、一番身近にいるもんだぞ」
彼は小さくうなずいて相談室を出て行きました。

それから数ヶ月が過ぎ、進路先を決める時期になりました。
彼との面談です。この頃には彼の生活もだいぶ落ち着いてきました。
「進路先はもう考えている?」
「うん」
「どこを考えている?」
「○○高校、高校に行きたい」
彼の明るい声でした。
でも彼はあまり勉強をしていませんでした。
「どうしても行きたいのか」
「行きたい!」
「じゃ、勉強しないといけないな。過去の入試問題をやっていこうか」
「わかった」
元気な彼の言葉に、以前のような何かにいらいらしている様子は感じられませんでした。
「将来、何になりたい?」
彼は少し考えた後、とてもしっかりとした口調で
「将来何になるか今はわからないけど、1つだけ考えていることがある」というのです。
「何?」と聞くと
「俺は、結婚して父親になったら、絶対に子どもに約束をさせたいことがある」
「なんだ、約束って?」
「毎日、俺と話をすること」というのです。
彼は、母と兄との3人家族だったのです。
今まで彼は一度も口にしなかったのですが、父親との会話を心のどこかで求めていたのです。
でも、けっして母親を攻めることはしませんでした。
それどころか、いつも母親をかばっていました。朝早くから仕事に行き、帰宅も遅い母親のことを一番心配していたのです。

彼は大人になっていました。
(子は宝です)