第8回「忘れられない学校生活」
熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第8回 「忘れられない学校生活」
《暗闇に人影が》
夜、職場の仲間とお酒を飲み終え一人で歩いて家に帰る途中、コンビニの奥まった駐車場にバイクが数台と数人の人影が見えました。彼らはじっと私のほうを見ているのです。私は目を凝らし、その人影を見ましたが、誰なのか分かりませんでした。声もかけずに、恐る恐る近づいていきました。
「あ!やっぱり先生じゃん」と声をかけたのは、数年前の卒業生でした。私のクラスの生徒も1人いました。彼らとバイクの周りに座り込み、懐かしい中学校時代の話が始まりました。
《彼らとの学校生活》
彼らと話をしながら、彼らの中学校生活を思い出していました。さまざまな問題を起こし、何度彼らの家庭訪問をしたことだろうか。そのたびに、指導されてきた彼らは、夏休みが終わり、秋を迎えるころになると、進路のことが気になり始めました。
ある問題を起こした後の家庭訪問で、「先生、俺、高校に行きたい。でも勉強がわからない」とその生徒は言うのです。「じゃ、勉強を一緒にするか」と声をかけると「うん」とうなずきました。「じゃ、先生も会議や出張とかあるから、ここで勉強をするか。ねぇ、お母さん、どうですか」とその場にいたお母さんに声をかけました。夜、彼が出歩くことも心配だったので、仕事帰りに彼の家に寄りたかったのです。母親は「先生、お願いします」「おまえ、しっかりやらないと怒るからね」と私と彼に声をかけました。
それから、週に数回、彼の家に寄り、勉強を見ることとなりました。割り算もあまりできない彼は、学校での授業がどれほどつまらぬものであったのか、彼と勉強をしながら、教師の責任を感じていました。
最初は、幼い妹もテーブルの横に座り、彼の勉強を見ていました。「お兄ちゃんが勉強しているよ、おかさん」と驚くような声でお母さんに話しかけていました。それからも妹はテーブルの横にきて、折り紙を広げ、ノートのようにして、彼の勉強のまねをするのです。
ある日、妹が「先生、これ」と手渡したのは、一羽のツルでした。「お兄ちゃんが合格するように折った」というのです。
それから数日後、いつものように彼と勉強をしていると、妹が「先生、これ食べて。おやつ、先生の分を残しておいた」とたこ焼きを3つお皿に入れて出してくれました。
以前は、学校で問題を起こし、彼への指導と保護者に事実を伝えるための家庭訪問でした。その時、妹は、奥の部屋からそっと玄関にいる私を見ていたのです。
彼が勉強をしようと心に決め、その思いを行動に移したときから、彼も変わり、彼の家庭も変わってきました。
彼の周りにはいつも家族がいました。どんなに問題を起こしても、彼の家族は彼を信じ、守り続けていました。
受験が近づいたころ、「先生、俺、定時制に行きたい。親のことを考えると仕事もしたいから」と言うのです。彼は自分の家の経済的な問題も考えていたのです。
彼は、その後もがんばり、定時制に合格しました。昼間は父親の自営業の仕事を手伝っていました。
《俺たちにとっては》
そんなことを夜の駐車場で彼らと話しながら思い出していました。
彼らから「先生、覚えている?2学期に生徒会の専門委員を決めた時のこと」「そうそう、掃除のときに先生が怒ってさ~」などと話し出しました。彼らは本当に小さなことまで覚えているのです。
「よくそんなことまで覚えているな」と声をかけると、「だって、だってさ、俺たち中卒でさ、学生時代の思い出は中学校で終わりだし、覚えているよ。ちゃんとね」「お前は定時制に行っているから違うだろう」「俺だって、忘れていないよ」と思い出話に盛り上がりながらも、彼らは自分たちの生活の足跡を確認しているようでした。
みんな自分の足跡を確認しながら、成長をしていました。
(子は宝です)