第7回「彼のゴールは、クラスみんなのゴールです」

熱血先生 今日も走る!!!
       「子は宝です」
中野敏治
第7回 「彼のゴールは、クラスみんなのゴールです」

毎年、秋の学校行事として行われるマラソン大会が近づいてきたときのことです。このころになると、体育の授業は、毎時間、マラソンの練習になります。
クラスには体育が苦手な生徒やマラソンが苦手な生徒が何人かいました。それでもみんな、自分の力を伸ばそうと一生懸命に練習をしていました。
毎時間、体育の授業後の休み時間になると、生徒たちは記録用紙に自分の記録を記入していました。「あ…、5秒も遅くなった」「俺は、7秒早くなったぞ」「じゃ、平均するとどうか、比べてみよう」など、生徒同士が、楽しそうに話をしているのです。
そんな中、一人の生徒が目につきました。誰とも会話をせずに、黙ったまま自分の机で記録用紙に記録を記入しているのです。そして、元気なく、係りの生徒にその記録用紙を渡していたのです。

彼は、入学当初から、とても体が大きく、やや動きが遅い生徒でした。また、だれに対してもやさしく、何を言われても、ニコニコしている生徒でした。運動は苦手でしたが、部活動は運動部に入り、一生懸命にみんなと一緒に活動をしていました。しかし、みんなと一緒の練習には、なかなかついていけず、汗をびっしょりかきながら、すぐに座りこんでしまうのです。

数日後、体育の授業を教室の窓から見ていると、いつものようにクラスの生徒は走る人とタイムを計る人の2つのグループに別れ、マラソンの記録を取っていました。グランドには、生徒たちの大きな声援の声が響いていました。
声援を受けながら、生徒がどんどんゴールをしていきましたが、その中で、何周も遅れて走っている一人の生徒がいたのです。体の大きな彼でした。汗びっしょりで、遠くから見ると、歩くような速さで走っているように見えました。
彼は、誰が見ていようと、何を言われようと、途中で走るのをあきらめることなく、一歩一歩、ひたすら前に、前に、進もうとしていました。
とうとう、グランドを走っているのは彼だけになってしまいました。走り切った生徒たちは、まだハアハアと息が切れていましたが、彼がまだ走っていると分かると、大きな声で彼に声援を送り始めたのです。その声援の前を彼は通り過ぎ、残された距離を走り続けていました。
とうとう最後の一周になりました。クラスの生徒たちが彼に送る声援はさらに大きくなっていました。
次の瞬間です。一人の生徒が今までにないような大きな声で「がんばれ~」と彼に声援を送ったと思ったらすぐに、彼を追いかけ始めたのです。その姿を見たほかの生徒も一斉に彼を追いかけました。彼に追いつくと、クラス全員がトラックからはみ出しながらも、彼を中心にみんなで一緒に走り始めたのです。もう、ゴールには誰もいません。全員が彼と一緒です。
汗びっしょりで走っていた彼は目からも汗(涙)が流れているようでした。走りながら何度も何度も手で目をふきながら走っている彼の姿に、流れる涙が見えるようでした。彼は、息が上がって、肩で息をしていました。今にも止まりそうな速さでしたが、彼は一歩一歩とゴールに近づいていました。彼は、涙が流れ、泣くあまりによけい呼吸が苦しそうでした。
彼がゴールした時、大きな声援と拍手が上がりました。彼のゴールはクラスの生徒全員のゴールでした。
遠くからその光景を見ていた私は、胸が痛くなるほど震え、目が熱くなっていくのがわかりました。涙が頬を流れる前にそっとハンカチで涙をふき取りました。
子ども達は、大人が予期せぬことを当たり前のように、そして、さりげなく行うことがあります。その子ども達の言動に大人は大きな感動で心が震えます。

彼は、学年が進むにつれ、運動が苦手というコンプレックスを克服し、クラスだけでなく、全校生徒からも信頼を得るようになっていきました。
誰に対しても優しく、何事にもひたむきに努力する彼の姿が、多くの生徒からの信頼を得たのです。
最上級生になった彼は、多くの生徒から推薦され生徒会長として、学校を動かす素晴らしい活動をしていきました。
(子は宝です。)