花咲か先生の学級日誌(第2話)「あっこちゃん、がんばる」


「あっこちゃん、がんばる」

 

 新しい制服にランドセル。あっこちゃんはニコニコした顔でお母さんと手をつないで歩いています。
 今日は小学校の入学式。会場に向かうあっこちゃんは笑顔いっぱいです。
 そんなあっこちゃんの笑顔を見ながら、お母さんにはひとつの不安がありました。


 あっこちゃんには知的な障害があって、入学前に特別支援学級に入級させるかどうかで随分悩んだのです。
 しかし、多くの友だちと一緒に学校生活を楽しくスタートしてほしいと願い、みんなと同じ学級に入級することにしました。
 新一年生となったあっこちゃん。先生の話もがんばって聞き、ひらがなもなんとか書けるようになりました。お母さんも自宅でしっかりとフォローしました。
 しかし、二学期になってからだんだんとあっこちゃんの表情は曇りがちになりました。


 漢字やかたかな、ややこしい計算も出てきます。勉強が難しくなってきたのです。その様子を見ながらお母さんは心配でたまりませんでした。「学校、どうなの?」と尋ねても「楽しいよ」とポツリと言うだけです
 ある日、あっこちゃんの宿題を見ようと筆箱を開け、お母さんは驚きました。鉛筆が、どれもこれも歯型でガタガタになっているのです。それを見て、お母さんは一瞬でわかりました。あっこちゃんにとって勉強が難しく、大きなストレスになっているのだと。
 しばらくして担任の先生から電話がありました。授業になっても、あっこちゃんが教室に入って来ないこと。あっこちゃんを探すと校舎の隅に隠れていること。暗くて悲しそうな顔をしていること。


 お母さんは担任の先生と相談して二年生から特別支援学級に入級することにしました。
 私は、そんなあっこちゃんを担任として迎えました。入級してすぐのあっこちゃんは表情も暗く、元気がありません。なんとなく周りを気にしている感じがします。
 あっこちゃんが元気になれるように一日の始まりはお話と歌にしました。あっこちゃんは話すことや歌うことが大好きだったからです。
また、学習もあっこちゃんに合った学習方法を取り入れました。少し学習すると「できた」という喜びが得られるような学習を用意したのです。あっこちゃんは、漢字がひとつ覚えられると喜び、計算がひとつできると「やった、できた」と声を上げました。


 こんなこともありました。あっこちゃんに宿題として短い作文を書くように伝えていました。しかし、お母さんによると、この作文がなかなか書けないようです。
 「どうしたものかなあ」と思っていた時、あっこちゃんはパソコンが好きで、ゆっくりですが、ひらがな入力ができることを思い出しました。そこで、お母さんとも相談して、宿題の作文もパソコンのワープロを使って取り組むことにしました。
 「あっこちゃん、今日から宿題の日記はパソコンでしてきてください」
 そう伝えると、あっこちゃんは「西村先生、ありがとう」と素直に喜びました。


 次の日からプリンターで印刷された作文を持って来ました。その作文の内容を指さしながら、お家でのことを楽しく話してくれます。 苦手だった作文も、だんだん得意になってきました。あっこちゃんに合った方法で学習を続けていくと、力が伸び、表情も明るくなっていきました。


 私は、高学年になったあっこちゃんも担任しました。
 その頃、私は教室でギターを弾くことがありました。うらやましそうに見ているあっこちゃん。自宅に小さいサイズのギターがあることを思い出し、それを渡しました。すると私の真似をしてギターを弾いて歌います。


 休み時間には、そんな私たちの周りを多くの子どもたちや先生方が囲むこともありました。みんなに囲まれて歌うあっこちゃんは、本当に楽しそうです。
 ある時、社会見学で作業所に行きました。作業所の皆さんとも積極的にコミュニケーションを取り、作業所の指導員の方から「あっこちゃん、大きくなったらこの作業所に来て、みんなのリーダーになってほしいわ」と言われるほどでした。


 クリスマスが近づいていたある日、私はあることを思いつきました。あっこちゃんに「見学した作業所でコンサートをしてみない?」と尋ねたのです。恥ずかしがるかと思いきや「先生、したいです。私は指揮をします」と笑顔で答えます。特別支援学級の下級生や支援員さんも誘いバンド結成となりました。


 作業所のみなさんの前に立ったあっこちゃんはバンド代表挨拶も堂々とこなし、曲の紹介もします。コンサートは大成功で地元の新聞社が取材もしてくれました。
 翌日、新聞の切り抜きを私に見せながら、コンサートの様子を思い出しながら笑顔で話してくれます。


そんなあっこちゃんの様子を見ながら、二年生の時の暗い顔のあっこちゃんを思い出していました。人は、自分に合った環境や学習によって変わっていくのです。自信ができて、生き生きとしてくるのです。


 その後、あっこちゃんは、とてもいい顔をして小学校を卒業していきました。
 その後、特別支援学校に進学しました。そこでは生徒会の役員を進んでするなどみんなのリーダーとして働き、今もがんばっているあっこちゃんです。