大津たまみさんプロフィール
ハッスル!ハッスル!!元気印のおそうじ社長
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https://tamami.net/publication/
志賀内さんのお仲間のみなさんへ
お掃除・お片づけ・生前整理で世界中を幸せに!
シングルマザーの子ども応援支援
ありがとうございます。大津たまみです。サイトを見てくださりありがとうございます。
お掃除・お片づけを通じて、気持ちのいい空間を作ることで、お客様に笑顔になっていただきたい!!という想いから笑顔を届けるお掃除会社株式会社アクションパワーを2006年に設立しました。
その後、何度も片づけの現場で遺品整理を行いながら「遺品ではなく生前にやるべきことがある!」と強く想い、物・心・情報の整理をする一般社団法人 生前整理普及協会の立ち上げを行いました。
その後、ステキなビルとご縁をいただき、主に女性起業家の活躍の場の提供や貸し会議運営を行う株式会社アクションラボを設立。また、女性の活躍する社会が今後広がることを視野に入れ、家事代行で起業出来る研修や、お掃除・お片づけの知識が学べる一般社団法人 日本清掃収納協会の立ち上げを行い、日本のみならず海外へ仲間と共にお掃除・お片づけ・生前整理のコツを広げています。
事業が軌道にのりはじめたタイミングで、社会貢献事業として、シングルマザーの子ども達に夢と希望の未来を!を理念に株式会社リンクリンクを立ち上げ、シングルマザーの子ども達の支援活動をチカラ強く行っています。
お掃除・お片づけ・生前整理の教育に集中することを決意し、株式会社アクションパワーは社内で共に働いてくれていたスタッフに事業承継を行い、現在はコンテンツ開発等企業との連携を行いながら進めています。
どのサービスも心をこめて・・愛情こめて・・笑顔いっぱいでお届けしています。
よろしくお願いいたします☆彡
シングルマザー・大津たまみさんの「夢」への挑戦(その1)
~水だけ飲んで暮らした「貧困生活」~
あの時「貧困」だったなんて、知らなかった
NHKの「朝ドラ」を見て、チャンネルをそのままにしていたら情報番組「朝イチ」に見慣れた顔が映っていました。掃除・片づけ・家事代行業 (株)アクションパワーの大津たまみさんです。いつもの満面の笑顔で、「そうじ」の超すご技を解説していました。
テレビに出ることも珍しくなく、「ああ、また出てる」「活躍してるなぁ」というくらいにしか思いませんでした。
ところが・・・です。そのすぐ後、彼女とゆっくり話す機会があり、壮絶な人生を聴いて驚いてしまいました。初めて彼女と出会ったのは、10年ほど前のことです。ちょうどその頃、「貧困」に陥っていたなんて・・・。いつも元気な「笑顔」なので、まったく知らなかったのです。
「私は世の中に必要じゃないのかな」
2006年、大津さんは離婚しました。自身が36歳、息子さんが9歳の時のことでした。でも、楽観的だったといいます。それまで、どんなことをしても結果を出して、仕事上でも成績を上げてきていたからでした。しかし、すぐに「壁」にぶち当たります。
就職の面接に行くと、必ずと言っていいほど、こんなことを尋ねられました。
「あなたには小さい子どもがいるんですね」
「子どもに何かあった時、預ける所はありますか?」
その時初めて、小さな子どもを一人で育てる環境であるシングルマザーが大きなハンデになっていることに気付かされたといいます。正規雇用どころか、アルバイトの面接ですら「シングル」だと言うだけで通りません。大津さんは、「私は世の中に必要じゃないのかな」と落ち込みました。ようやくありつけた時給800円のアルバイトも、子育てとの両立のため働ける時間が制約されてしまい、手取りは5、6万円しかありませんでした。
交通費が一部しか支給されず、自宅から徒歩で1時間半かけて通ったそうです。
「納豆豪華ごはん」と名付けていました!
期待していた母子家庭の自立支援給付金を役所に申請に行くと、もらえないことがわかり愕然とします。前年の所得に応じて支給されるからです。離婚した夫の会社で、役員をしていたからでした。それだけではありませんでした。税金、年金、健康保険の請求が届きます。大津さんは、シングルになったとたん崖から突き落とされるが如く、一気に「貧困」に陥りました。
お金がないので、スーパーで廃棄処分ぎりぎりの食品を買います。そんな中、30円に値下げされている納豆は大ご馳走でした。息子さんと、1パックの納豆を半分に分け合って食べます。それを二人で、「納豆豪華ごはん」と名付けていました。「白いごはんに、納豆は美味しいですよね」と言うと、
「いいえ、お米なんて買えませんでした。ただの納豆だけです」と言われ唖然。
「でも、29円のモヤシが10円に値下げされていることがあるのです。モヤシ炒めの上に納豆を乗せて食べられる日もありました」と言います。さらに、
「その時、息子と話し合ったんですよ。将来、絶対に納豆を嫌いにならないようにしようね、と。二十歳になった息子と今もよく納豆を食べます」
と笑って言います。なんて前向きな!
「給食をいっぱい食べて来てね!」
朝は、二人とも食べられませんでした。学校へ行く息子さんに、大津さんは声を掛けました。
「給食は大事だから、いっぱい食べて来てね!」
これまた大津さんは笑顔で語ります。
「ありがたいことに、息子の通う中学校には給食がありました。給食のおかげで、息子は大きくなれました。国のおかげです」
では、大津さんはと言うと・・・昼は水を飲んでお腹を満たしていたそうです。ある日、息子さんに言われました。
「お母さん、笑って」
ショックでした。息子さんに、よほど辛そうに見えたのでしょう。そこで、一生懸命に笑おうとしました。でも、「笑えない」のです。
大津さんは思いました。このままじゃダメだ、こまままじゃ、ダメ・・・と。大津さんは決意します。
「今のままでは、愛する息子に何もしてやれない。高校にも行かせてやることさえできない」
「このままでは、ダメだ、10年後のことを考えよう。息子と共に幸せになる未来を描きたい」
そして、「そうじ」や「片づけ」などを行う家事代行業(株)を起業します。しかし、そこには、新たな苦難の道が待ち受けていました。