エッセイ⑥「四半世紀前のレフトスタンドの物語」

日本講演新聞中部支局長でコラムニストの山本孝弘さんに、書下
ろしていただきました。
ちょっと胸がキュンとなる、セピア色の物語です。
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「四半世紀前のレフトスタンドの物語」

山本孝弘

東京に住んでいた20代の頃、中日ドラゴンズが関東に来る度に球場に応援に行った。何度足を運んだかわからない
ある日のこと。
僕は東京ドームのレフトスタンドにいつものように練習時間から一人で行った。しばらくすると、僕より少し歳上と思われる30歳くらいの地味な女性が近くの席に座った。空いている隣の席に連れの人が遅れて来るのだと思った。でもなかなか現れなかった。
その女性は僕が中学生の時に教育実習に来た先生を思い出させた。年齢的に同一人物のはずはないのだがどことなく似ていた。いや、そっくりだった。
今でも時々あの先生を思い出すことがある。女子大生とは思えない老け顔でとても地味な先生だった。僕たちはその先生が嫌いだったわけではないのだが、彼女の優しさに甘えた。授業をまともに聞かずいつも騒いでいた。ある日、先生は大声で怒鳴った。
「お願いだから聞いて!」
みんな一周驚いて静かになった。先生はそれからしばらく泣いていた。僕たちは申し訳なさでいっぱいになった。それは先生の教育実習最後の日だと記憶している。
あの先生はその後先生になったのだろうか。今は元気に暮らしているだろうか。僕たちのことを恨んでいないだろうか。何かの折に不意に思い出すことがあった。
試合開始直前になって、彼女の隣の空席に30代半ばかもっと上のこれまた地味な男の人が来た。僕も地味だが、その僕が言うのだから彼は地味の王様だ。地味の世界で殿堂入りできるかもしれない。
彼は明らかに会社帰りだと思われた。古くなったカバンに地味な色のネクタイをして少し皴のあるスーツを着ていた。そろそろ床屋に行ったほうがいい頃合いの髪だった。
地味同士お似合いのカップルだなと思ったが、二人は言葉を交わさない。
それで気付いた。僕は一人で来ていたが、彼女も一人なのだ。そして後から来た男性も一人なのだ。
これは東京では珍しいことではなかった。中日ファンが回りにいないので、誘ってもだれもついてきてくれず僕は一人で行くことが普通になっていた。きっとそんな東京の中日ファンはたくさんいるのだろう。きっと彼女も彼もそうなのだ。
なかなか点の入らない緊迫した試合だった。男性は仕事関係と思われる書類を首をかしげながら見ていたが、4回の表辺りからそれをカバンにしまい試合に集中し始めた。
彼女の方は最初から集中して観ていた。どうも彼女はライトを守る30歳を少し過ぎた地味な外野手が好きなようだった。彼がバッターボックスに入るとひと際大きな拍手を送った。試合中盤でその選手がショートの深い当たりに打球を飛ばした。残念ながら間一髪アウトだった。その時である。
「今のはセーフに見えましたけどね……」
男性が隣の彼女にそう声を掛けた。彼女はほんの少しだけ驚いた素振りを見せたが「そう見えましたよね」と言ってほほ笑んだ。
そこから話が弾んだというわけではないが、それから試合終了まで時々二人は言葉を交わしていた。
試合終了後、「今日は話し相手がいて楽しかったです」と彼が言った。
「はい、ありがとうございました」と彼女は答えた。
僕はそこまでしか見ていない。
でもきっとその後にもやり取りは続いたのだ。メールもない時代、彼は(もしくは彼女が)意を決して相手の電話番号を聞いたのだ。

それから1か月後。僕は総武線に乗っていた。神宮球場に対ヤクルト戦を観に行くためだ。土曜日の昼下がりのデーゲーム。
「次は千駄ヶ谷」と車掌の声が流れた。少し伸ばし気味に言う。
「次は~、せんだがや~」
これが毎回名古屋弁に聞こえた。初めて聞いた時は数少ない中日ファンのためにJRがサービスしてくれているのかと思った。
練習時間からレフトスタンドの自由席に僕はいた。そんな時間からドラゴンズファンが集まるアウェイのレフトスタンドは客はいつもまばらだ。
席を探すカップルがいた。少しおしゃれな二人だった。僕は少し驚いた。それはあの時の二人だったのだ。仲良く話しながらどこに座ろうか話しながらレフトスタンドの階段をきょろきょろしながらゆっくりと下りて行った。
なぜか僕は嬉しくなった。
その日は彼らは僕から離れた席に座ったので声は聞こえなかったけど、二人は練習時間からとても仲良く話していた。
昼からビールを飲んでいた僕はとても幸せな気分になった。そして勝手にこう思うことにした。
あの時の教育実習の先生は今幸せに生きているんだと。先生になったかどうかはわからないけどきっと優しい旦那さんに出会って幸せに暮らしているんだと。
僕はビール売りのお兄ちゃんを呼んで2杯分のビールを頼み、「あの二人に、僕から」と言おうとしたけど、アメリカ映画じゃないんだからやめた。それはバーでやることだ。明らかに歳下の地味な僕にビールなんか差し入れされたらきっとあの二人は不気味に思い、楽しいひと時をぶち壊してしまう。
それくらいはわかるほどの気持ちがいい酔い方だった。僕はビールに酔って、あの二人の幸せそうな姿に酔って、教育実習生の明るい現在を想像して勝手に酔った。
そしてその試合は中日のエース・今中慎二が好投して、二人に勝ち試合をプレゼントした。
それから球場のレフトスタンドに行く度に僕は彼らを探したけれど、その日以来彼らの姿を見ることはなかった。
地味ではなくなった彼らは、外野自由席から内野指定席に居場所を変えたのかもしれない。

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(志賀内より)
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