エッセイ⑤「念願のM-1グランプリに出場」

今日のメルマガは、日本講演新聞中部支局長でコラムニストの山
本孝弘さんに、書下ろしていただきました。
50歳を過ぎても、夢を追いかける愉快なお話です。
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「念願のM-1グランプリに出場」

山本孝弘

最近はテレビを観るのはスポーツ中継とドラマくらいになってしまった。バラエティ番組はほとんど観ない。
そんな僕が唯一楽しみにしているのが年末に放映されるM‐1グランプリだ。あれは美しい面白さがある。漫才のやり取りは物を使った芸やコントと違い、言葉だけで勝負する。言葉と間の絶妙なバランス。そんなプロの技に毎年笑いながらも感動する。
いつからだろう。僕は観るだけでなくM‐1に出たいと思うようになった。
だがそれが意外と難しい。若い頃ならノリで出てくれる友人は何人もいそうだが、大人になるとそういう人間は回りにいなくなる。相方を探して約10年。毎年、相方が見つからずに出られなかった。
それが今回はついに見つかった。相手は同じ豊橋市倫理法人会に所属している20歳年下の青年だ。
彼は小さい頃から日本に住んでいるブラジル系の日本人。キャラが強くて相方としては最適だった。
彼の奥さんも応援してくれているとのこと。
それをうらやましいと思った。僕はいい歳をして漫才をやっていることがもし妻にバレたら殺される。こっそりと事を進めるしかなかった。浮気をするとこんな気持ちになるのだろうか?
もう一つ問題があった。僕たちは社会人なので一緒に練習する時間がないのだ。彼はまだ手のかかる小さな子が2人いるので休日でも気軽に家を出られない。地元の消防団の活動もしておりなかなかに忙しい。
練習は平日の早朝5時に豊橋市の公園で行った。
でも誰が見ても怪しいのである。見かけが外国人の若い彼と50代のおっさんが並んで漫才の練習をしているのである。
一度はパトカーがやってきた。これはこれでネタになると思った。職務質問をされたら
「M‐1の練習をしています。おまわりさん、ちょっと見てもらえますか?」
と言うつもりだった。でも残念ながらパトカーの中から懐中電灯で照らされただけで行ってしまった。
本番の日がやってきた。控室で「シャワーズ」と名乗る30代後半のお父さんと小2の女の子の親子コンビと少し話をした。
お父さんは若い頃に吉本の養成所にいたこともあるそうだが、その時にも一度も1回戦を突破したことはないとのこと。やはりそれは厚い壁のようだ。
「奥さんは何て言っていますか?」
と聞くと「呆れて何も言いません」とのこと。
わかる、わかる。
出番がやってきた。
僕は元気に「どうも~」と出て行ったが、相方には少し挙動不審な男っぽく登場してもらった。
漫才の出だし。
「この歳になると相方を見つけるのが大変なんです。今年はどうしても出ようとして相方を探したんですけど、こんなのしかいなくて……」
軽いジャブ程度のつもりだったが、まさかの大ウケだった。二人とも驚いた。「この後の展開はもっと面白い。もっとウケる! 予選通過か?」と思ったが、現実はそんなに甘くない。その後は全くウケなかった。1回戦敗退。
なんでやねん!!
その日の名古屋1日目の予選には160組が出場して予選通過したのは19組。
やはり1回戦突破は厚い壁だった。
控室で話したシャワーズは見事に1回戦を突破していた。これで彼の奥さんは少しは褒めてくれるのかもしれないなと思った。
来年こそは1回戦を突破しようと話しながら車で豊橋まで帰った。今回は僕がボケ役を担当したが来年はツッコミ役になることにした。
その日は豪雨だったので慎重に運転した。もし大事故でも起こしたら、妻にM-1予選に行っていたことがバレてしまう。
「M-1の予選に行って事故を起こすなんて何考えてるの!」
妻からのそんなツッコミをもらってもボケで返す自信がない。きっとうまくボケられる人が1回戦を突破するんだろうなあ。

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心揺るがす「いい話」がいっぱいです。
「明日を笑顔に 晴れた日に木陰で読むエッセイ集」(JDC)

(志賀内より)
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