60年前の時計の話 (2008/8/31)

 春日井市の井上みどりさん(55)が、母の日のプレゼントを持って母親(78)を訪ねた時の話。家に上がるとタンスの上の置き時計に目が留まった。木目調でいかにも高そうだ。「どうしたの」と聞くと、経緯を話し始めた。

 戦後間もないころ、井上さんの母親は、豊橋市で幼児園の先生をしていた。復興期で設備も不十分、兵舎跡を借りての運営だった。ある時、腕時計をなくした。正確な時間を知ることは、仕事柄何より大切。園児の保護者が経営する時計屋さんを紹介してもらい、新しい物を買いに行った。

 ところが、なくしたと思った時計が出てきた。慌てて時計屋さんに行き、事情を話して返品した。数日とはいえ中古品だ。当時若かったので、新品としては売り物にならないことに思いも及ばなかった。後に申し訳ないという気持ちが募り、月日が流れた。
 昨年暮れ、所用で豊橋を訪ねた際、記憶にある名前の時計屋さんを偶然、見つけた。何度探しても分からなかったのは、区画整理で場所を移ったからだった。訪ねると、お世話になったご主人は亡くなり、長男夫婦が跡を継いでおられた。事情を話すと「そんな昔の話を…」と恐縮された。わずかながらお供えをさせていただいた。

 それから間もなくして、その置き時計が送られてきたという。「これで胸のつかえが取れてほっとした。いつお迎えが来てもいいわ」と言っているそうだ。