ニコニコになあれ (2008/10/19)
豊田市の石川晴恵さんは、高校の養護教諭、つまり保健室の先生をしている。ご自身も二歳の娘さんの子育て中で、忙しい毎日を送っている。朝は時間との戦い。ただでさえ時間がないのに、娘さんは朝食をゆっくりと遊びながら食べる。「早く食べなさい」「早く靴をはきなさい」と言って、保育園に連れて行く。特に一学期は学校でも定期健康診断などがあり、休日も仕事に追われて家事もおろそかになってしまった。
そんなある朝のこと。「早く乗りなさい」と促して、保育園に行く車の中での出来事だった。後部座席のチャイルドシートに座っていた娘さんが「お母ちゃん」と呼んだ。「何?」と聞くと、「お母ちゃん、ニコニコしてよ」と言う。さらに人さし指をクルクル回して「ニコニコになあれ、お母ちゃん」と。保育園で覚えたのか、まるで魔法の呪文(じゅもん)のように唱えた。
忙しくて、心がささくれ立っていた。そのことを幼いながら感じ取っていたのだと思うと、申し訳なくて泣けてきてしまった。「ごめんね、お母ちゃんプンプンして」と言うと、もっと泣けてきた。さらに「お母ちゃん泣いちゃだめ、ニコニコになあれ」と言う。
保健室で生徒たちと接するのに大切なのは、ゆとりを持った笑顔であることを忘れていた。それを娘に教わった。娘さんはご主人にも「お父ちゃん、ニコニコになあれ」と魔法をかけた。疲れた顔がたちまち笑顔になった。