取られた千円札 (2008/12/21)
稲沢市の加賀りつ子さん(82)が、名古屋市中川区の地下鉄高畑駅で切符を買おうとしたときの話。千円札を手に自動券売機の前まで行くと、そこは定期券専用だった。隣の券売機に移ろうと思った瞬間のこと。左手に持っていた千円札を近くにいた十七、八歳の男性に取られてしまった。
一瞬、「盗まれた」と思った。しかし、その青年は券売機にお札を入れてこう言った。「どこどこ?」。とっさのことで何のことかわからなかったが、すぐに「行き先を聞いているんだな」と気づき、自分で名古屋駅までの料金ボタンを押した。
ところが今度は、青年が釣り銭をわしづかみにした。加賀さんは再び「あっ」と思い、とっさに手を差し出した。青年は釣り銭を持ったまま、手を引っ込めたが、どうも様子が違う。しきりに加賀さんの手提げかばんを指さす。
この時、加賀さんは初めて、青年に軽い知的障害があるらしいことに気づいた。彼は、釣り銭を落とすといけないから、かばんにしまえと言っているらしい。かばんから財布を取り出して開くと、自分の手でジャラジャラッと小銭を入れてくれた。
さらに改札までのほんの十歩ほどの距離を、手を取って連れて行ってくれた。てっきり一緒に地下鉄に乗るのかと思ったら、「バイバイ」と手を振るしぐさ。階段を下りるところまで見送ってくれた彼に、深くお辞儀をして別れた。
「一瞬でも疑ってしまったことが、恥ずかしいです」と加賀さん。「きっと両親か先生からお年寄りを助けてあげなさいと教えてもらい、いつもやっているのでしょう。またお会いしたいです」