この親にして、この子あり (2009/7/12)

 一宮市の森川昌樹さん(75)は、中学の先生をしていた。今では教え子たちも年を取り、還暦を過ぎた者もいる。彼らと一緒にゴルフに出掛けるのが楽しみだという。その教え子の一人W君から聞いた話。

 W君の息子さんが高校一年の時のこと。夏休みの補習授業の帰り道に雨が降り出した。「あと少しで家に着く」と懸命にペダルを踏んでいた。信号待ちのところで、エンストして動かなくなった軽自動車が目に留まった。自転車を道端に置いて運転手に声をかけた。

 「おばさん。押してあげる」。そう言うと、車の後ろに回って押し始めた。ところが、高校生一人の力では動かない。マニュアル車だったので「おばさん、ギアをセカンドに入れて僕がハイッと言ったらクラッチを放してね」と指示し、ありったけの力を振り絞って押すと動きだした。

 エンジン音が響き「よかった」と思った瞬間、そのおばさんは一言の礼も言わずに去って行ってしまった。雨に打たれてずぶぬれになって帰宅した。父親に腹立たしい思いをしたと事情を話した。それを聞いてW君は、息子さんにこう諭したのだそうだ。

 「それはいいことをしてくれた。お父さんが、そのおばさんに代わってお礼を言うよ、ありがとう。やっぱりお前は父ちゃんの子だ。その人もきっと車を止めてお礼を言いたかったに違いない。でもまたエンストしてしまうかもしれないから、やむを得ず走って行ったんだと思うよ」と。

 森川さんは「この親にして、この子あり」と感心したという。