草に生命を感じること (2009/10/25)

 春日井市高座小学校六年の鈴木雄大君は、夏休みに近くの公園の清掃ボランティアに参加した。実は、すすんで参加したわけではない。日ごろから、弟が学童保育でお世話になっている公園なので、お母さんに「一緒に手伝いなさい」と言われたのだった。

 嫌々ながらごみ拾いをしていると、すぐ隣で草むしりをしている八十歳くらいのおばあさんのことが気になった。なぜなら、あまりにもテンポよく、そしてウキウキしながら草を取っていたからだ。そこで「なぜ楽しそうなんですか」と聞いてみた。

 おばあさんはにこやかに答えてくれた。「この年になると草にも生命を感じてくるの。だから楽しくやらないと草がかわいそう」。分かったような、分からないような。表面的な言葉の意味は理解できるが、その奥に何か深いものを感じた。そこでお母さんに聞いてみた。すると「年を取れば分かると思うわ」と言われた。本当に年を取ると分かるのだろうか。草に生命を感じるとはどういうことなのか。帰り道もずっとそのことばかり考えていたという。

 雄大君のお母さんと電話で話をした。すると「命の大切さは草も人も同じ。また老い先短くなると、命の重さをより感じるようになります。でも、すぐに答えるのではなく、年を重ねてさまざまなことを経験する中で自分で答を見つける方がいいと思い、あえて説明しなかったのです」とおっしゃった。雄大君は言う。「清掃に参加したおかげでこの言葉に何かを感じることができてよかった。大人になった時、その何かが分かるかもしれません」と。