私の会社に来る? (2010/8/1)

 五月二十三日付「ほろほろ通信」で、新幹線の中で隣席の人から「富士山が見えますよ」と声をかけられ、それがきっかけになり会話が弾んだという話を紹介した。それを読んだ扶桑町の陶山有香子さん(39)から「私にもこんな思い出が」と便りが届いた。

 時はバブルがはじけた平成三年の八月。陶山さんは島根の大学で一人暮らしをしながら就職活動をしていた。氷河期と言われ、なかなか就職が決まらない。特に女性には厳しかった。早い人は五月に内定が出る中、焦りの気持ちが強くなる。

 面接試験のため上京する新幹線で、隣席の年配の女性に声をかけられた。就職の勉強のためにとビジネス誌を読んでいた陶山さんに興味を抱いたらしい。最初は楽しい世間話だったが、気が付くと就職の苦労話を聞いてもらっていた。

 突然、その女性がこう言った。「私の会社に来る?」。自分は滋賀県のかばん製造会社の社長だという。驚いた。たまたま車内で隣席しただけの縁なのに…。「よかったら面接に来なさい」と言われ、連絡先を交換して別れた。

 その後、幸い希望する会社に内定をもらうことができた。そこで、ふと思い出したのがあの社長さんだった。電話をして就職先が決まったことを報告すると、たいへん喜んでくれた。すると「社会勉強のために工場見学に来ませんか」と誘われ、あの日のお礼も言いたくて出掛けた。帰りにはポーチをプレゼントされた。「今でもそのポーチは大切に持っています。こんな世の中だからこそ、私も人にやさしくしたいです」と陶山さんは言う。