忘れられない「成人の日」 (2011/1/9)

 名古屋市北区の森信子さん(61)は福岡出身。十五歳のときに集団就職で一宮市の紡績工場へ。その後、すし屋さんの店員に転職をした。名古屋駅の西側の高架下にある店だった。貧しかったが、鹿児島出身のご主人と結婚して頑張っていた。

 そんなある日の午後、三十歳ぐらいの男性が入って来た。初めてのお客さんだった。カウンターでおすしをつまみながら、板前さんと「今日はにぎやかだね」と話していた。その日は「成人の日」。駅前は成人式を終えた振り袖姿の女性であふれていた。

 板前さんが森さんの方を見て言った。「実はこの子も成人なんですよ。もう結婚しているんですけどね」。その時、森さんは心の中で「よけいなことを言わなくてもいいのに」とつぶやいていた。まもなくその男性は帰って行かれた。

 一時間ほどたったころのこと。再び先ほどの男性が店にやって来た。森さんのところに歩み寄り「成人式おめでとう」とほほ笑んで包みを差し出した。戸惑っていると板前さんが「お客さん、どうもありがとうございます」とお礼を言い、森さんに「さあ、いただきなさい」と促した。「初めてお目にかかった方からこんなことをしていただきありがとうございます」。そう言うのが精いっぱい。名前も聞けなかった。

 帰宅してご主人に報告。デパートの包装紙を開けると、かわいいセーターに、エプロン、靴下が入っていた。「忘れられないプレゼントでした。その後、あの方は一度も来店されませんでした。今もお元気でいらっしゃることを願っています」と森さんは言う。