おばさんのお弁当 (2011/1/16)

 今から36年前のこと。名古屋市北区で中古車販売会社を営む河合孝治さん(41)は、母親を亡くして父親と二人暮らしをしていた。それを見かねてか公団住宅の隣室のおばさんが、幼稚園に出掛ける前に毎朝お弁当を作ってもたせてくれた。いつも工夫を凝らした内容で、今でも忘れられないという。

 後になって父親から聞いた話。おばさんに食費の代金を持ってお礼に行ったところ、突然怒り出した。「私は夫と息子の『ついで』で弁当を作っているだけです。だからお金はいりません。もしお金を払うのなら作りませんよ!」。おいしいお弁当は、河合さんが小学校に入学するまで続いたという。

 今、従業員のK君と一緒に昼のお弁当を食べている。河合さんのは奥さんが、K君のは母親が作ってくれたものだ。K君が「いただきます」を言わずに食べ始めるのが気になっていた。あのおばさんのことが頭にあり「家に帰ったら『ありがとう、おいしかったよ』と言いなさい」と話した。K君は照れくさかったらしいが、母親にそう言ったところ大変喜んでくれたという。以後、K君は食事前に「いただきます」と言うようになった。

 河合さんは小学二年の時に引っ越したため、おばさんの名前を思い出せない。父親も記憶にないという。公団住宅も取り壊されてしまった。「守山区幸心住宅A-36に住んでいた河合です。おばさんのおかげで幸せに暮らしています。もしご健在でしたらご連絡ください」と河合さん。ぜひお目にかかってお礼を言いたいと。かすかな記憶では、ご主人は警察官だったらしい。