第4回恋文大賞入選作から(その2)
「ありがとう」の思いを伝えたい。
京都に柿本商事株式会社という会社があります。紙専門の商社です。寺町通りで「紙司柿本」という小売店も経営しています。偶然ですが、この店の大ファンで「かばんが重いよ~」と後悔するほど、ハガキや便箋を買い込んだことがあります。
柿本商事さんではCSRの一環として、2010年から「恋文大賞」というコンテストを始められ「心温まる言葉、心にぐっと響く言葉、そのような伝えたい思いを、紙にしたためご応募ください」と全国に呼び掛けられました。
http://koibumi-kakimoto.jp/about/index.html
その後、2015年に一般社団法人言の葉協会を設立し、名前を「言の葉大賞」と替え、年々、応募数が増加しています。
第4回恋文大賞(テーマは「「ありがとう」の思いを伝えたい。」)の入選作品から、紹介させていただきます。
入選作品
「あんさん(妻)へ」京都府相楽郡 奥田 登(85歳)
嫁さんに来てくれる人がなくて困っていた時、奇特にもあんさんが人助けと思って、隣村から村人に大八車に乗せられて来てくれた。角隠しをして白無垢姿で雨漏りのする草屋に入ってくれた時には、泥田に鶴が舞い降りたような異様な光景だった。
あれから五十五年になる。
私は大阪で勤めていたので、すぐに大阪の下町で四畳半の間借り生活が始まった。押入れのない部屋だったので、近所の果物屋さんからみかん箱を二つもらって来て横にして重ね、上の箱に茶碗や皿を下の箱には鍋や釜を入れて、その上に布団を積んだ。
濡れ縁の先を建て増ししたトタン屋根の部屋だったので、雨が降るとすごい音がした。その屋根の下で、あんさんはビニールの袋貼りの内職をして助けてくれた。
貧乏暮らしを長い間させてやっと社宅に住めるようになった。子ども二人も巣立って行き、定年になって何とか戸建てに入れるようになり二人暮らしになった。第二の勤めも十年させてもらって、年金保険を五十年かけたので、今後はなんとかこれで行けそうや。あんさん、長いこと気張ってくれてありがとう。もうええさかい楽にしてくれ。
この間、戯れに風呂であんさんの背中を流した。あんさんは嫌がったが無理やりタオルに石けんをつけて擦った。昔の鶴の背中は丸くてつるつるしていたが、小さくなりごつごつして少し右に曲がっているのに驚いた。少しずつ脊椎が曲がる病に罹っているらしい。そのうちに、あんさんは黙ってしまい、クッ、クッと肩を揺すって泣き出した。
あんさん、長いこと苦労させて済まなんだ。金婚祝いも、「もったいない。そんな金があったら孫に小遣いでもやってほしい」と断られて何にもできなかった。
二人とも八十歳を超えた。もうそんなこと言わんと、遅れ金婚祝いにいっぺん温泉に行こうな。あんさんを上座に据えて、お詫びの酌をさせてくれ。
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「「ありがとう」の思いを伝えたい。」
「恋文大賞」編集委員会【編】京都柿本書房