第11回言の葉大賞入選作から(その3)

~募集テーマ「壁」

 一般社団法人「言の葉協会」では、全国の小・中学校、高等学校から毎年のテーマに合わせた大切な人への思いや強く感じた気持ちを自分の言葉で綴る作品を募集し、その優秀作品を「言の葉大賞」として顕彰しています。
 第11回言の葉大賞のテーマは「壁」です。まさしく、「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動にも繋がるような、「いい話」がたくさん応募されました。その入賞作品から、いくつかをシリーズで紹介させていただきます。

優秀賞

「壁は作らず、越えるもの」久保谷 喜枝子

 孫の幼稚園の最後の運動会に行き、念願のランドセルを買って、楽しく帰宅した私を待っていたのは、町からの健康診断の結果表であり、肺の影の再検査案内だった。

 翌日から病院通い。CT、細胞診、PET等の検査の結果、肺癌。左肺を半分切除の手術をし、抗癌剤二年間服用となった。

 退院し、初めて目覚めた朝、私の目の前が突然崩れ落ちた気がし、明日への道をドーンと壁が塞いでしまった。心が完全に崩落してしまったのだ。その日から、日が暮れると、いいしれぬ不安が私を襲い、苦しくて、とにかく寝てしまうしかない日が続いた。

 突然、命の期限をきられたような気持ちになり、庭の手入れもせず、楽しく買い物をすることもせず、友の集まりにも出ず。只、ただ一人、四方をガッチリと壁で囲んだ中に、うずくまっているような日々を過ごした。

 そんなある日、ふと、ここまで生きてきたのだから、もういいかなぁと自然に思った。これはとんでもないと気づき、自分に驚いた。この壁の中から出ようと初めて自覚した。

 幸いなことに、他で通院している女医先生が、カウンセラーのように気持ちを聴いてくださった。途中で帰ってもよいと好きな美術館巡りも始めた。仕事も再開した。

 そして、三年四年と過ぎたある日、四面壁に囲まれて、心の片隅にいつもあった癌という塊が、スーッと遠のいていくのを感じた。

 七十数年、いろいろな壁にぶつかり、越えてきた。これからもまだ、たくさんの壁にぶつかるだろう。それは、一つ一つ、のり越えていけばよい。もう、自分の周りに自らが壁を作ることは、二度としたくない。

 病を得て、多くのことを学んだ。

 自分自身を見失わずに、壁を作って辛さを経験したからこそ得られた人の優しさと、助けられている人々への感謝を忘れず、命ある一日一日を、大切に生きていこうと思う。

優秀賞

「壁のおかげ」森本 浩美

「消毒はしましたか」。
「前の人との間をもう少し空けて」。
「おしゃべりしないでお食事しましょう」。

 教師生活も随分になるが、子どもたちにこんな言葉をかけることなど、もちろんなかった。異例の毎日。入学式は一か月遅れ、座席は二メートル以上間隔を空けて、始業式も全校朝礼も放送で。何ということだ。子どもたちの安全を確保するためとは言え、これでは子どもの心の成長が心配だ。

 そんな中、五月からずっと延期になっていた体育大会の実施が決定した。何度も検討した後の決断である。正直なところ、嬉しさよりも不安の方が大きかった。感染症対策は?練習時間の確保は?熱中症対策は?一瞬で私たちの周りに、幾つもの壁が立ちはだかった。

 いざ練習が始まると、更に表れる壁との闘いの日々。気温が上昇すれば、外での練習は十分のみ。予行練習も急遽大きく形を変えての実施。観客席を座席指定にし、そのための抽選や前日の会場消毒など、一つ一つ皆で声をかけ合いながら、壁に立ち向かっていった。

 迎えた体育大会当日。最高の姿を家族に見せようと、全力で走り、踊り、行進する子どもたち。これまでの壁を吹き飛ばすかのようなパワーに、私は圧倒された。更に、今年の観客席と応援席は少し違う。いつもなら聞こえる声援はなく、聞こえるのは拍手の音。子どもたちは、共にたくさんの壁を乗り越えて頑張ってきた他学年の仲間たちに、心からのエールを拍手として送っていた。

 終えてみれば、私は何を不安に思っていたのだろうと、不思議にさえ思う。短期間だろうと、制限がたくさんあろうと、どんな壁が現れようと、子どもたちは与えられた状況の中で、実にたくましく実に楽し気に全力を尽くした。その姿に、観客は心を打たれ、希望や勇気を与えられた。やっぱり、『子どもってすごい』。たくさんの壁のおかげで、改めてそう感じさせてもらえた一日だった。

他の「言の葉大賞」の受賞作品や、次回「言の葉大賞」の応募要項は、こちらをご覧ください。
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入選作品集「「言葉の力」を感じるとき」Ⅰ・Ⅱや「言の葉CONCEPT BOOK」がお求めになれます。
  
【発行】一般社団法人言の葉協会
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