第10回言の葉大賞入選作から(その2)

 「『失敗から』学んだこと」
                      
 一般社団法人「言の葉協会」では、全国の小・中学校。高等学校から毎年のテーマに合わせた大切な人への思いや強く感じた気持ちを自分の言葉で綴る作品を募集し、その優秀作品を「言の葉大賞」として顕彰しています。
 第10回言の葉大賞の入選作品から、紹介させていただきます。

「お見舞い袋は空だった、に大慌て」山口県 畑山 静枝

 私がある会社勤めをしていた頃のこと。上司から、会長のお見舞いに行くように言われて、病院へ駆けつけました。仕事とはいえ、私はあまり気乗りしてませんでした。というのも、会長夫人が大の苦手だったのです。たまに会社に来られると、挨拶の仕方などを口うるさく言われていたからです。どうしよう傍におられたら、と私は憂うつな気分でしたが、意を決して病室をノックしたら、どうぞという会長夫人の声がして、私は緊張しました。私は丁寧にお見舞いの言葉を申し上げ、用意してきたお見舞い袋を手渡し、深々と頭を下げられる会長夫人を尻目に、そそくさと病室を出たのでした。疲れをどっと感じながら、業務を果し終えた満足感も味わいつつ。

 ところが翌日のこと、会計担当の私は、金銭出納帳とお金を照合していると、どうしても二万円ほど余るのです。首をひねって考えていると、電話が鳴り上司が出ました。「畑山君、昨日、お見舞い袋にちゃんとお金入れたんだろうね。今、会長夫人から、あの後開けてみたら、空っぽだったそうだよ」と言うではありませんか。二万円余るのは、袋に入れたつもりが入れてなかったんだと気が付きましたが、もう手遅れ、頭が真っ白になり、泣き顔になっていました。なんて失敗し出かしたんだろうと自分を責めながら、すぐにお金と菓子箱持って謝りに行きました。途中、会長夫人の怒った顔が目に浮かびましたが、どうしようもありませんでした。行くと、「誰にでも失敗はあることよ。大切なのは、その後の始末と、同じことを繰り返さないこと」と、恐縮の極まりの私を、やさしく諭され、お茶まで出してくださったのです。そして、「あなたはおもしろい人ね、また話しましょう」とまで言ってもらえたのでした。

 私は会長夫人のこの言葉で救われ、以来、何事も慎重に丁寧に仕事に励み、二十年間も勤務することができました。今じゃ、この失敗を糧とし、人生を面白く生きております。

「この僕にできること」神戸市立青陽東養護学校 2年 大石 桂佑

 僕はいつも消していく。僕の過去を。振り返るのが怖い。嫌な思い出、だめだった自分…思い出したくない。よかったこと、大好きだった人を思い出すこともしない。今、その人達がそばにいないことが、僕の心を簡単に折ってしまう。心が折れる音が聞こえる。ポキン…。四歳の時に父が亡くなった。それもわからない。母にもちゃんと聞けていない。

 今でも僕は、いつも思い出を消している。学校でつくった作品も、毎日書いた連絡帳も、捨てていく。残しておくのが怖い。辛い。

 僕は忘れていく。覚えるのが苦手だ。だから勉強が全然できない。ひどい点数のテスト。それをみんながどう思うのか。考えると学校に行けなくなった。中学校では特別支援学級で教えてもらった。それでも学校にはなかなか行けずに、家で泣いてばかりいた。中学校を卒業して一年が経っても。僕はこんな自分が嫌だった。情けなかった。悔しかった。

 母と相談して、青陽東養護学校に入学することになった。入学前の見学では、この学校が嫌でたまらなかった。けれど、他に行く場所がなかった。

 でも…、僕はここで初めて知った。話したくても話せない友だちがいること。走りたくても走れない、書きたくても書けない、自分の気持ちを表現できない友だちがたくさんいることを。僕はみんなの手助けをするようになった。みんなの役に立てることが嬉しくなった。そしてみんなを好きになった。

 僕は気づいた。僕は、話せる、書ける、走れるって。この僕にでもできることがあるって。

 不安だった僕がずっと欲しかった生きる目的。ぶれない心。それはきっと、誰かの役に立てる喜び。

 だから僕は書くことにした。この作文を。消してきた過去。忘れていく自分の歴史。残しておこう。閉じこもってばかりいた失敗から苦しくて情けなかった自分が手に入れたこの喜びを僕はもう消さない。

他の「言の葉大賞」の受賞作品や、次回「言の葉大賞」の応募要項は、こちらをご覧ください。
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入選作品集「「言葉の力」を感じるとき」Ⅰ・Ⅱや「言の葉CONCEPT BOOK」がお求めになれます。
  
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