第8回言の葉大賞入選作から(その2)

 「今、ここに教育の現場が在る」
                      
 一般社団法人「言の葉協会」では、全国の小・中学校・高等学校から毎年のテーマに合わせた大切な人への思いや強く感じた気持ちを自分の言葉で綴る作品を募集し、その優秀作品を「言の葉大賞」として顕彰しています。
 第8回言の葉大賞の入選作品から、紹介させていただきます。

「聞こえない息子とバイオリン」武田 倖朋

 五歳の息子にバイオリンを習わせないかとお誘いを受けた時、私は思わず吹きだした。なぜなら息子は聴覚障害児だ。しかも多動気味で落ち着きがない。会話も出来ないし、性格的にも繊細なバイオリンなどもってのほかだと思ったからだ。それでも、ヨーロッパで活躍してきたこの先生に一度会ってみたいという私の興味から、息子を連れてワークショップに足を運んだ。

 バイオリンは当然高価である。ガサツな息子には札束の絵を描いて見せ、「決して壊すな」と、その緊張感を伝えた。

 教室では、全く想像していなかった息子の姿がそこにあった。バイオリンを挟んだ肩とあごの骨伝導から音を感じるのだろう。わずかに聴力が残っている左耳を刺激している様でもある。バイオリンなど初めて見るはずなのに、まるで「前から弾きたかったんだよ」とでも言っているかの様に、その時間を全身で楽しんでいた。

 そんな様子に、私は思い切ってレッスンに通わせることにした。先生からは①自分の楽器は自分で持つことで筋力がつきます。②正しい姿勢を保つことで体感が鍛えられます。③挨拶、礼儀作法は当たり前。④繊細な楽器を扱う所作が身につきます。⑤先生の話を聞いて正しく模倣しなければ弾けません。とのお話に目から鱗。私が息子に与えたかった事がたくさん詰まっているバイオリン!この子の人生にこんな出会いが待っていたなんて!

 普通の子よりゆっくり進んでいるレッスン。曲を弾くのは数年先かと思っていたのに、すでにキラキラ星を弾いている。

 聞こえなくても学期を楽しむ事が出来る。この子のこの先の人生、バイオリンを奏でる事で輝きはより一層増すに違いない。

出来ない事なんて、ない。「無理だ」と、そう決めつけていたのはちっぽけな私の考えだった。

「妹の『生き抜く力』」土屋 凜々子

 「お姉ちゃん、お願いがあるんだけど…」
私が小学校四年生、妹が小学校二年生の春、めずらしく妹が真面目な顔で話しかけてきた。内容は、妹には左手に障がいがあり左手がない。新しく入った一年生の子からジロジロ見られたり、ヒソヒソ言われたりする事が嫌だ、というものだった。

 妹は一年生の時、全校生徒の前に出て校長先生から左手の障がいの事を説明してもらっていた。そのことにより、妹の左手の事を知らない生徒はほぼいなかった。新学年になり、新一年生は妹の障がいを知らないので、ジロジロ見てしまう。当たり前だと思う。私も身体の一部がない人を見かけたら一瞬でも「あれっ」と思い、見てしまうだろう。妹は自分の障がいを知らない一年生の子から見られることをとてもつらく思っていたそうだ。二年生になってからも校長先生からの説明はしてもらうことになっていたが、その時点ではまだされていなかった。

 妹から話を聞き、その日のうちに、自分の担任の先生に伝えた。すると校長先生へ話がいき、すぐ全校集会を開いて妹の説明をして下さった。それからの妹は一年生の頃と同様に楽しく通っていた。校長先生からの説明も毎年春になり、新一年生が学校生活に慣れたころ行ってもらっていた。

 私は妹が毎日楽しそうに通学していたので左手のことをジロジロ見られても気にしていないのだろうと思っていた。しかし、そんなことはなく悲しい思いを私に打ち明けてくれた。校長先生に話をしてもらうことで、妹は楽しい学校生活を送ることが出来たのだろう。そんな妹も五年生。今年からは何を言われても自分で説明する、と言って、校長先生には説明してもらっていないそうだ。

周りの自分に知ってもらう事、
誰かに助けを求めることができる事、
誰かのために行動できる事、
「生きぬく力」とは何か彼女の姿から学んだ。

他の「言の葉大賞」の受賞作品や、次回「言の葉大賞」の応募要項は、こちらをご覧ください。
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入選作品集「「言葉の力」を感じるとき」Ⅰ・Ⅱや「言の葉CONCEPT BOOK」がお求めになれます。
  
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