第8回言の葉大賞入選作から(その1)
「今、ここに教育の現場が在る」
一般社団法人「言の葉協会」では、全国の小・中学校・高等学校から毎年のテーマに合わせた大切な人への思いや強く感じた気持ちを自分の言葉で綴る作品を募集し、その優秀作品を「言の葉大賞」として顕彰しています。
第8回言の葉大賞の入選作品から、紹介させていただきます。
「言葉の幸せ」鹿目 将至
忘れもしないあの日から五年以上の歳月が過ぎた。
「逃げよう、父さん」
「母さんも一緒に、逃げよう」
東日本大震災の翌日、親戚のおじさんが大きなトラックいっぱいの荷物を積んでやってきた。「今ならまだ間に合う」「命さえあればいいんだから」「恥ずかしいことはない」「みんな連れてってやる、一緒に逃げよう」
苦しい、息の詰まるような時間が過ぎた。半壊した家の戸口で父は呟いた。
「俺は行けない」
「母さんも行こう」妹は泣いていた。
「ごめんね、行けない」
たくさんの患者さんを置いては行けないという意味だと感じた。心の底から父の医師という仕事を恨んだ。近くに薬を出せるところも、病院も、壊れてしまった。クリニックを営む父は、患者さんからも、自分自身からも逃げられなかった。そして母も、父に付き添った。私と妹を乗せたトラックが走りだそうとした時、父は半分に空いた窓から静かにある言葉を伝えた。
「お前は生きろ。妹を頼む」
後のことは覚えていない。私と妹は逃げた。
あれから長い月日が経った。幸いにも私の地域には二次震災は訪れず、家族は生き延びた。溌刺であった父の髪には白いものが混じるようになった。多くの人の協力により街は復興し、人も戻ってきた。きれいになった建物から震災の悲しみを思い出すことはもうないだろう。記憶はゆっくりと遠のいていく。けれども私はあの時の父の言葉を忘れることができない。言葉に魂が宿るとき、その言葉は永遠になる。
以来私は、人の悪口を言うことをやめた。言葉を使うとしたら、その言葉は誰かを勇気づけ、励まし、支え、信頼するために使いたい。言葉に宿る小さな命を幸せにしてあげたい。
「『どうぞ』と『ありがとう』」坂元 俊輔
四年生の秋だったと思う。学校の帰りにいつもの様に友達と別れて少し混んだ電車に座っていた。すると、途中の駅から、六才ぐらいの男の子と、その男の子のお母さんが乗ってきて、ぼくの近くに立っていた。ぼくは、
「どうぞ。」
と言いながら席を空けたら、お母さんは、
「ありがとう。」
言って、男の子を座らせた。ぼくは少し離れた所で立っていた。
五年生の始業式から二・三日たった帰りの電車でその親子にぐうぜん会った。なんとぼくと同じ制服を着て、新しいランドセルを背負っていた。するとお母さんが近づいて来て、
「電車で席を譲ってくれたお兄ちゃんと同じ学校に行きたい。」
と男の子が言っていたと教えてくれた。男の子は、ぼくの顔をずっとみていた。一年生になって、きん張していたのか、四年生の時より大きくなったぼくを忘れてしまった感じの様子だった。だけど、お母さんはぼくの事をまだはっきりと覚えていてくれた。
今までに席をゆずった事は何回もあったけれど、後になってお礼を言われたことは初めてだったから、どう答えていいのかがよく分からなかった。「どうぞ」と「ありがとう」から思いもしない事が起こった。大した事もしていなかったのに電車から降りるまで考えた。だけどお母さんの話はまちがい無くうれしかった。
学校や家でも「どうぞ」と「ありがとう」は言うことがある。この言葉は二つの言葉が一つになっているような気がした。どちらかに心がこもっていなければ今の様な気持ちになっていなかっただろう。
たまに男の子を電車で見かける事がある。
「がんばってね。」
と声をかけようか迷う。
「ありがとう。」
と返してくれるかな。
これからも心のこもった
「どうぞ」「ありがとう」
の言葉を使い続けたい。
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入選作品集「「言葉の力」を感じるとき」Ⅰ・Ⅱや「言の葉CONCEPT BOOK」がお求めになれます。
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