第5回言の葉大賞入選作から(その2)

「言葉の力」を感じるとき

 京都に柿本商事株式会社という会社があります。紙専門の商社です。寺町通りで「紙司柿本」という小売店も経営しています。偶然ですが、この店の大ファンで「かばんが重いよ~」と後悔するほど、ハガキや便箋を買い込んだことがあります。

 さて、柿本商事さんではCSRの一環として、言の葉大賞というコンテストを開催しておられます。「心温まる言葉、心にぐっと響く言葉、そのような伝えたい思いを、紙にしたためご応募ください」と全国に呼び掛けられました。

 そこで、第5回言の葉大賞(第4回までの「恋文大賞」から呼称変更)の入選作品から、紹介させていただきます。

入選 文章(手紙・作文)部門

「幸せ求めて」兵庫県赤穂市 黒田 貞子

 何が不満なのか、長い間自室に閉じ篭りの息子と一緒に生活をして、ほとほと疲れ果てた私は、死のうと思って、私の心の内を打ち明けました。「あんたも辛いやろ、母ちゃんと一緒に死んでくれる」と息子に言ってみました。

 すると、その気になったのか同意してくれましたので、夕方から実行に移すのですが、あの日は、3月とはいってもとても寒く霧の深い夜でした。

 私と息子は、意を決して我が家を後にし、人気のない川沿いで少し小高い丘の上を目的地に選んだのですが、私の運転する車はいつもでしたら10分もあれば行ける所なのに、その日は30分もかかりました。ここが私達二人の死に場所なのだと決心して準備に取り掛りました。

 持参した睡眠薬は、充分過ぎるほどあります。二人は大きな木の下に並んで座り、薬を取り出して、「二人一緒に呑もう」と言って10粒を息子に、そして私も10粒を手の平に、「さあ。これで5分もしない内にあの世に行けるよ」と言って薬を呑もうとすると、息子が、少し震えた声で、「母ちゃん…人間…死ぬ気になったら何でもできるよね…失敗するかも分らないけど、僕もう一度、やり…直してみる」と言ったかと思うと、大きく肩を震わせて、泣き崩れてしまいました。

 我慢しきれなかったのでしょう。私は「母ちゃんはね、ずっと前からあんたのその言葉を待っていたの、失敗なんか気にせんと、やってみよ…」と言って後ろから強く抱き締めてやりました。

 時計を見ると10時を少し回っていました。あれから何年経ったでしょうか。今では、20年も前にあのような恐ろしい事があったなど微塵も感じさせない息子に成長しました。休日ともなると、二児を連れて我が家にやって来て、良き父親ぶりを見せてくれています。

 逞しく成長してくれて有り難う。どうかこれからも、人の痛みの分る、心優しい人になってください。と心の底で念じていました。

入選 文章(手紙・作文)部門

「母と歌った、おもちゃのチャチャチャ」埼玉県所沢市 田村 幸介

 「おもちゃのチャチャチャ」それは僕の二度目の産声でした。1991年、3才の僕はお風呂場で頭をぶつけ意識を失い病院へ緊急搬送されました。脳内の血管が損傷しており手術は困難を極め、僕が手術室から出てきたのは手術開始から7時間も経ってからのことだったと聞いています。僕は一命をとりとめましたが意識は失ったままでした。

 両親は手術を担当した先生から、僕が目覚める保証はないということ、目覚めたとしても後遺症が残るか最悪の場合は一生、植物状態もありえると宣告されたそうです。そして、その言葉通り僕は数日間、意識を取り戻すこともなく眠り続けました。来る日も来る日も目を覚まさない僕の隣には両親や親戚が代わる代わる寄り添い続けてくれていました。それでも僕は眠り続けたままでした。

 そんなある日、母親が僕の手を握りながら当時、僕が大好きだった「おもちゃのチャチャチャ」を歌ってくれていました。もちろんハッキリと覚えている訳ではありませんが、そのとき母親の歌う「おもちゃのチャチャチャ」が聞こえてきた気がしました。そして、それまでなんの反応も示さなかった僕が小さな声で「おもちゃのチャチャチャ」を歌い出したそうです。その後の僕の回復のスピードには病院の先生達も驚いていたそうです。

 今年で僕も26歳になりました。自覚のある後遺症はひとつもありません。しかし残念ながら両親は離婚してしまい僕と母親は他人になってしまいました。だけどあの日、母親と一緒に歌った「おもちゃのチャチャチャ」は僕の二度目の産声だと思っています。

 今はもう離れ離れになってしまったけれど、あのとき「おもちゃのチャチャチャ」を歌ってくれた母親は一生、僕の母親だと思っています。

他の「言の葉大賞」の受賞作品や、次回「言の葉大賞」の応募要項は、こちらをご覧ください。
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入選作品集「「言葉の力」を感じるとき」Ⅰ・Ⅱや「言の葉CONCEPT BOOK」がお求めになれます。
  
【発行】一般社団法人言の葉協会
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