第5回言の葉大賞入選作から(その1)

「言葉の力」を感じるとき

 京都に柿本商事株式会社という会社があります。紙専門の商社です。寺町通りで「紙司柿本」という小売店も経営しています。偶然ですが、この店の大ファンで「かばんが重いよ~」と後悔するほど、ハガキや便箋を買い込んだことがあります。

 さて、柿本商事さんではCSRの一環として、言の葉大賞というコンテストを開催しておられます。「心温まる言葉、心にぐっと響く言葉、そのような伝えたい思いを、紙にしたためご応募ください」と全国に呼び掛けられました。

 そこで、第5回言の葉大賞(第4回までの「恋文大賞」から呼称変更)の入選作品から、紹介させていただきます。

入選 文章(手紙・作文)部門

「生きる道しるべになった言葉」神奈川県横須賀市 今村 忠恒

 まだ日本がアメリカと戦爭していた頃の話です。私は小学校3年生、アメリカの爆撃が激しくなって、子供は田舎に引っ越すことになりました。疎開といいます。私も父と二人で荷物を積んだ荷車をひいて、野宿しながら母の親戚、藤五郎小父さんの家に疎開しました。小父さんは身体も声も大きい、近所の人達に尊敬されている人でした。

 次の日担任の先生に紹介されて席に坐ると、地元の子がやって来て「お前はどこから来たんだ」「東京から来た」「東京からか、なまいきだ」なぜ東京から来たらなまいきなのか、分からないまま授業が終わり、桑畑の中の帰り道を歩いていると、突然地元の子5~6人が出て来て、手に持った木の枝で私を撲ち出しました。驚いたのと痛いので逃げたけど散々撲たれてしまった。

 泣きながら家に帰ると、小父さんが土間から出て来て「坊どうした」ときかれたので、私は泣きながら、撲られた話をすると、「坊のお母さんと俺は親戚だ。だから坊とも親戚だ。俺はいつでも坊の見方だ。いいことを教えてやる」そう言って、私の目を見ながら「逃げては駄目だ。泣いてもいい、大きな声を出して棒を振って相手に向って行け。向って行っても撲られるが、相手も逃げ腰だから力が入らない。痛くないぞ」そういって元気づけてくれた。

 次の日、小父さんに言われた通り棒を振りながら向って行った。相手は棒を振りながら逃げた。そういうことが何日か続いて、突然止まった。そしていつの間にか、地元の子と、友達になった。

 「坊、喧嘩だけではないぞ。坊が大人になるとき、色んな困難に遭うだろう。その時、逃げるな。全力で立ち向かえ」小父さんは私の肩を叩きながら、そう言った。

 それから私は困難に遭うと、あの時の藤五郎小父さんの顔と声を想い出す。その後大勢の人々に教えを受けましたけど、私にとって生涯に最も大きな影響を与えたのは、この「逃げるな。全力で立ち向かえ」という言葉なのです。

入選 文章(手紙・作文)部門

「瀉瓶」北海道旭川市 奥津 博士

 母が息を引き取ったのは卒寿を目の前にした6月の末だった。数か月前、急な発熱で入院した母は誤嚥性肺炎と診断され食べることを止められた。命を維持するために胃瘻手術も検討されたが高年齢のリスクを避けて栄養補給の点滴を可能な限り続ける治療方針が決められた。しかし点滴は続き一ヶ月二ヶ月と経つにつれて母のからだは羸痩していった。

「おはよう」
病室に入るときはこの言葉をかける。
「オハヨウ」
しゃがれた声で母は応える。
「今日は何日の何曜日だっけ」
「トオカノキンヨウビ」

 こんなやり取りが続いていたが徐々に母は寝ている時間が増え一言の言葉を交わすことなく帰宅することが多くなって来ていた。

 「おはよう、ひろしだよ。起きているか」
目を閉じたままの母に声をかけた。

 突然肌掛けの下から小さな手が何かを探す。私は母の小さな手を取って握った。
「アシイタクナイカイ」

 母は間違いなく「足痛くないかい」と私に聞いたのだ。突然の問いに私は「今さら何さ」と言ってしまってから『しまった』と思った。

 小児マヒで右足に障害を持つ私を育てていた母に「本当に母さんは僕の足を心配してくれたことがないよね」とかなり強い口調で言ったことがあった。

 「子供の事を心配しない親はいない。ただお前の足を母さんは一生心配してやれないし助けることもできない。だからお前が一人で頑張れるように足のことで絶対に甘やかさないと誓ったの」母が前掛けの端で涙を拭いたのを覚えている。

 そんな気丈に私と向き合ってきた母が亡くなる3日前、63年間分の言葉を私に注いでくれたのだった。

 こんな歳で言うのも気恥ずかしいが「あなたの子供で良かった。かあさんありがとう。」

他の「言の葉大賞」の受賞作品や、次回「言の葉大賞」の応募要項は、こちらをご覧ください。
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【発行】一般社団法人言の葉協会
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