ちょっぴり小休止

「ちょっぴり小休止」

親から本屋を引き継ぎ40年、わたしは70歳になった。「たまには夫婦二人で旅行でも行って来たら」と、取引先の問屋の5人が連名でお祝いにプレゼントをくれた。全国ホテル・旅館のペア宿泊券だ。年中無休で駆け続けてきたから、一緒に旅行に出掛けたことは一度もない。嬉しくて嬉しくて、「これで死ぬまで働ける!」と本気で思い温泉旅行の計画を立てた。ところが・・・。
その矢先に、主人が脳梗塞で倒れた。頭が真っ白になり、右往左往。4か月に及ぶ入院リハビリ生活。おかげさまで先生たちも驚くほど回復し、何とか歩けるようになった。「一人では無理だけど、わたしが介添えすればなんとか電車に乗れるわ。思い切って行こう!」と決意した。
11月17日、穏やかな秋晴れの朝。わたしたちは湯布院に向かう車中にいた。二日間、店は娘たち家族が引き受けてくれた。博多で新幹線から特急ゆふいんの森号へ。乗り換えにも四苦八苦だ。紅葉で色づく車窓を眺めながら、いつもになく二人とも言葉数が少なかった。一日も休まず、ただただ必死で働いてきてくれた主人に、神さまが「病気」という形で休息を与えて下さったに違いない。多くの人の優しさに支えられ、今、ここに生きていることの有り難さをしみじみと感じた。
悠然と街を見守る由布岳に迎えられて到着した。けばけばしさも騒々しさもなく落ち着いた温かい街だった。まだリバビリを続けている主人は、一人では風呂に入れない。でも、心配は無用だった。貸し切りの家族風呂を準備してもらったのだ。それも、あまりにも広い広い露店風呂。その上、部屋から風呂までカートで送迎までしてくれ、まさしく至れり尽くせり。もちろん、上げ膳据え膳の食事。その豪華さに夫婦で大満足した。気づけば、こんなことは新婚旅行以来である。ゆったりと人生の小休止をさせてもらった。
実は、他に一番の収穫があった。一泊で遠方に出掛けられたことが、リハビリ中の主人にとって、どれほど大きな自信になったことか。「大変」ではあるけれど、決して「不幸」ではない。これからも感謝してこれからも生きていこう!そう素直に思い、帰宅した。さあ!またお客様に喜んでいただけ本を届けよう!!