尼崎市立尼崎東高等学校バンザイ!

尼崎のまちの本屋さんのお話
「尼崎市立尼崎東高等学校バンザイ!」
小林由美子

わたしはいわゆる団塊世代である。中学校は50人学級で13クラスもあった。前年に新設されたばかりの高校に入学したので、3年生がいなかった。当然、先生も足りない。そこで、多くの新卒先生が採用された。そのため、学校全体が若く希望に溢れていた。
校舎はつい先日まで田んぼだったところだ。急いで整備したので体育館もプールもなかった。でも、それに不平不満を口にする者はなかった。わたしたち生徒も自ら校内植樹に参加し、先生と議論して一から「生徒会規約」をも作った。生徒と先生が力を合わせて築いた学び舎。まるで開拓者のようだった。
一年生の時の担任・A先生との出逢いは大きな存在だった。一人ひとりの家庭環境や悩みに向き合い、ほとんど毎日、家庭訪問をされていた。様々な問題から一切逃げずに立ち向かわれる姿が記憶に眩しい。「生涯担任」を望み、教頭試験も校長試験も受けず一教師を貫かれた。定年後、モンゴルへ日本語教師として赴任されることになった。壮行会を開催しようと、クラスメイトに声をかけると全国から30名近くが集まった。帰国後も、モンゴルからの留学生をホームステイとして受け入れておられた。
地元に住んでいるおかげで、A先生とは今もお付き合いが続いている。学生の頃は一度も褒められたことはなかった。ところが今は、吹けば飛ぶような小さな小さな小林書店の、わたしたち夫婦の奮闘ぶりを見て、「よくがんばってるなあ」と言っていただく。この春、主人が脳梗塞で倒れた時のことだ。「大丈夫か、大丈夫か」と電話を下さった。心配して何度も、何度も・・・。つい先日のことだ。A先生は突然に来店されるなり、足をひきずって仕事をしている主人を抱きしめた。「よかったなあ、よかったなあ」と泣きながら。主人も、まるで子どものように「ありがとうありがとう」と泣いていた。
そして、わたしに向かい「あんたが元気で安心したわ」と微笑んで下さった。「また頑張ろう!」「まだやれる」と力が湧いてくる。今、わたしが尼崎で商いを続けていられるのは、間違いなくあの青春時代に培った先生と仲間たちのとの絆だと思う。実は、我が母校・尼崎市立尼崎東高等学校は少子化による統廃合で無くなってしまった。でも、今もわたしたちクラスメイトの心の中に生き続けている。
A先生は今も変わらない。高校創設時の男性教師で作った合唱団で、老人ホームや施設を訪問され「元気」を地域に届けている。私も負けてはいられない。