画家から聞いた話

「画家から聞いた話」

東北在住のある画家の話である。絵の知識など何もないわたしだが、彼の絵にはどこか郷愁を覚え魅せられる。その風景画には、角を曲がれば「明日」があるような希望が感じらるのだ。その画家を知ったのは、二、三年前のこと。大好きな児童作家の絵本の挿絵でだった。神戸で個展をされると聞き足を運んだ。こういう時、「どんな方だろう」とドキドキする。お目にかかると、想像に違わぬ優しく穏やかな笑顔の紳士だった。
その彼が、大阪のデパートで個展をされるというので飛んで行き再会した。それだけで嬉しいのだが、個展終了後、わざわざわたしの店まで訪ねて来てくださった。ランチにお誘いすると、食事中こんな話を始められた。
彼がまだ誰にも知られていない頃のこと。東京の街をぶらりと歩いていると、「ギャラリー」という文字が、目がとまった。一階の「松本書店」という店に入り店主に尋ねると、その店主が地下にギャラリーを開いているのだとわかった。まだ無名の画家たちの個展をしているという。画家は、「ぜひ、私にも個展をさせてください」と頼むと絵を見てくれるという。その上で、個展の開催が決まった。
だが、個展を開いたところで、すぐに絵が売れるものではない。一枚も売れぬまま日が過ぎる。諦めかけていた最終日が近づいたある日、ついに一枚の絵が売れた。小品だった。購入したのは、美大に通う女子学生。画家の絵を前にして、こう言ったという。「この絵を目標にこれからもがんばります!」。そして、まるで宝物のように絵を抱えて帰っていった。
興奮して大喜びする画家に、店主はこう言ったという。「君は喜んでいるが君のその絵が、彼女の人生を決定づけたのだ。君は生涯『もう描けない』と筆を折ることはできないのだよ。彼女が目標とし続ける絵を描くために、精進し続けなければならない。買っていただくとはそういうことなのだ」と。
わたしに画家は「その厳しい口調が忘れられないんですよ」、と静かに微笑んだ。「いい人に出会いました。出会うべきときに出会うべき人に出会って運命は動くのですね。ただ、それからもずっと叱られ続けましたよ」と笑う。
その店主が、あの松本清張氏のご子息だと知ったのはずいぶん経ってからのことだという。