小林由美子さんプロフィール

日本一小さな小さな書店の
メチャメチャ心暖かいカリスマ店長

小林書店店主。

小林書店は、兵庫県尼崎市は立花商店街の片隅にあるわずか10坪の「街の本屋さん」です。
そのオバチャン店長・由美子さんに会いたくて全国からお客様がやって来きます。仕事に悩む大手出版社社員の悩みを聴いたり、暗い表情の人には癒しをもたらす本を紹介してあげます。その由美子さんがモデルとなった自己啓発小説「仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ」(川上徹也著・ポプラ社)がベストセラーに。さらに、その生き様に感銘を受けた大小田直貴監督により、ドキュメンタリー映画「まちの本屋」が撮られ、ただいま全国の単館系映画館でロードショーされました。
関西テレビの人気番組「よ~いドン!」の「となりの人間国宝さん」に認定されました。

志賀内泰弘

『オススメです』と言われたら、『はい』と買ってしまうカリスマ書店員さんの話

(その1)~継ぎたくないけれど、本屋さんを始めてしまった!

カリスマ書店員さんから届いた手紙

 カリスマ書店員と呼ばれる人がいます。「オススメです」と店頭のポップに書いたり、SNSで発信したりすると、ベストセラーになる人のことです。書店には自分の本のPRにも出掛けることが多いのですが、一度もお目にかかったことはありませんでした。
 さて、新刊「5分で涙があふれて止まらないお話 七転び八起きの人びと」(PHP研究所)の発売前のことです。出版社の編集長が、何人かのカリスマ書店員にゲラ(試し刷り原稿)を読んでいただけるように頼んでくれました。なにしろカリスマです。その店員さんたちは、何社もの出版社からゲラを送り付けられて困っていることが推測できます。「もし、自分だったら」と心配しています。
 ところが・・・兵庫県尼崎市の小さな書店さんから、編集長宛に返事の手紙が届きました。そこには、「感動しました。物語に共感。お客様に勧めます」という意図のことが書かれてありました。それも、何枚もの便箋にびっしりと。
 志賀内はびっくり。こんなことは初めての経験です。嬉しくて、嬉しくて、すぐにご挨拶に飛んでいきました。

本屋さんなのか、傘屋さんなのか?

 お店の名前は小林書店。JR東海道本線の立花駅を降り、商店街の先に、青いテントの庇が目に留まりました。「小さな書店」とは聞いていましたが、それは誤りでした。「とても小さな小さな書店」でした。間口は二間ほど。志賀内は、一歩店内に足を踏み入れたとたん、失礼ながらこう漏らしてしまい口をふさぎました。
 「え!?・・・小さい」
 その上、です。店内にはなぜか、ズラリと傘が並んでいます。もういったいぜんたい、どうなっているのかわかりません。店主の小林由美子さんにお礼を申し上げに伺ったのにもかかわらず、またまた失礼なことを尋ねてしまいました。
 「本が少なすぎませんか・・・」
 もちろん、まったく無いわけではありません。でも、少なすぎる。ざっとでも、すぐに数えられるほどしかない。だって、自分の家の書斎の方が多いんだもの。
 「そうでしょ!」 と小林さんは笑って答えます。

継ぎたくなかったけど・・・夫に背中を押されて

 小林書店は、66年前、両親が始めたものでした。しかし、細々と続けているだけで、経営が苦しいことは知っていました。その上、休みもないので家族旅行にさえ連れて行ってもらった記憶がない。由美子さんは高校卒業後、大手硝子メーカーに就職。そこで夫なる人と出逢い、結婚。サラリーマンの妻となったことが、ことの他の喜びだったそうです。
 ところが、ご主人に関東へ転勤の辞令が出ました。実はご主人は、由美子さんの両親に「店は継がなくてもいいので、小林の名前だけ継いで欲しい」と乞われて「小林家」に養子になっていました。ここでご主人は意外なことを言いだします。
 「本屋さんを二人で継ごう」
 由美子さんは、それだけはしたくないと思っていた。でも、家族がバラバラに離れて住むことは幸せとは言えない。由美子さんが、両親の書店を継ぐ決意をした瞬間でした。由美子さんが30歳、今から38年前のことです。

想像以上の苦難が待ち受けていた。

 どれほど、商店街の小さな書店の経営が難しいか。それは、まず、書店業界の現状を知っていただく必要があります。
 全国には現在、1万2千点の書店があると言われています。そして、本は年に7万点出版されます。一冊の本の初版の発行部数は、少ないもので2.3千冊。多くても6千冊程度。その大多数(8割とも9割とも言われる)が、売れずに返品され、断裁・焼却される運命にあります。
 ここで、ちょっと考えると、「おや?」と思われるはずです。志賀内の新刊が発売されたとします。仮にわかりやすく初版5千冊だとすると、全国の書店に並べたくても並びません。だって、書店の数は1万2千です。その上、誰もが知る三省堂とかジュンク堂とかの大型店舗を持つ書店チェーンでは、「売れる本」はドーンと平積みになります(志賀内の本がそうかどうかは別の話として)。
 ということは・・・町の小さな書店には、新刊が1冊も並ばないということになります。ここで、もう一つ、書店業界特有の流通システムについて説明しなくてはなりません。
 出版社で発行された本は、トーハンとか日販という取次店(本の問屋さん)を通して、全国の書店に届けられます。その取次店としては、「売れる店」にたくさん本を配布したい。商売ですから当然のことです。となると・・・町の小さな書店には、新刊が届けられないことになります。
 ということは・・・小さな書店は、「売りたい」けれど売れない。「売りたい本」が手に入らない。世間では売れている村上春樹も東野圭吾の本もです。店仕舞いするしかなく、毎年、毎年、書店は減り続けているのです。

(その2)~傘を売る本屋さん

「筋肉マン」が手に入らない

 1979年、少年ジャンプで連載の始まった「筋肉マン」は、瞬く間に子供たちの人気を博しました。コミック本も大ベストセラーになりました。ところが、小林書店には、その新刊が取次店から入って来ないのです。その理由は・・・(その1)での説明の通り。「売れる」のに、「売れない」。なんと辛いことでしょう。
 ジリ貧の日々が続いた、ある日のこと。由美子さんは大手出版社の開催した、書店向けの新刊説明会に参加しました。1冊1.200円(当時にしては高価)、全12巻セットという料理の全集について、出版社の営業担当者の話に耳を傾けました。
 出版社が「命がけ」で作っているものをお客様に伝えるのが「販売員」の仕事です。気が付くとお得意様の顔が何人か浮かんでいました。店への帰り道、そのお得意様の家を何軒か訪ね、4セットも注文をいただきました。
 「これだ!」
と由美子さんは確信します。そしてお得意様に通いつめました。そして、第1巻の発売日、予約した40冊の本が店頭にうず高く積まれたのでした。

両親が残してくれた「信用」のおかげ

 以後、小林書店は、子供向けの全集や主婦向けの料理本などの「企画もの」の予約獲得に力を入れ、多い物では200セットも売りました。これは、大手の出版社でも太刀打ちできない数字です。「売れる」となると立場も変わる。全国トップになったこともあり、大手出版社から謝恩会に毎年、招かれるまでになりました。そして、今では、業界では有名な「小さな店」として知られるまでになったのです。由美子さんは、言います。
 「毎日、毎日、雑誌の発売日に喫茶店や個人のお宅に配達に出掛けます。夫は車で、自分は自転車で。朝7時半出発。どんなに天候が悪くても、その新刊を楽しみにして下さっているお客様のことを思うと、サボるわけにはいきません。そうなのです。『企画もの』を買って下さるのは、そのお客様たちなのです。そして、その400軒のお客様は、両親から引き継いだものです。両親が得て来た『信用』のおかげで、今日も暮らすことができているのです」

自分が「本当にいい」と思った本を売る

 そんな小さな本屋さんですが、ときどきブラリとお客様が入って来られます。長年の経験から、由美子さんは「気」を感じ取ります。例えばある日の事、一人の若い女性が店に訪れ、棚に目を向けていました。「なにか悲しげ」な雰囲気が漂っている。そこで由美子さんは、一冊の本を勧めました。松浦弥太郎著「泣きたくなったあなたへ」(PHP研究所)。もちろん、由美子さんも読んだことがあり、その女性を元気づけられると思ったからです。
 そんな具合に、志賀内の新刊「5分で涙があふれて止まらないお話 七転び八起きの人びと」も、お客様に勧めて下さっているというのです。店頭での宣伝はもちろんのこと、400軒の配達で「この本泣けますよ」と一人ひとりの顔を見て、目を見て。
 「そういう」商いをしておられるのです。いつの時代になっても、「商い」の基本は「信用」です。由美子さんを「信用」しているから、「いい」と言われたら黙って買ってしまう。これこそが「商い」の原点だと思いました。
 由美子さんは嘆きます。
 「この前、大手の出版社さんの招きで、大手の書店員さんたちとの勉強会がありました。そのとき、ある店員さんから伺った話に愕然としました。その女性は『上司から、お客様と話をするな』と言われているとのこと。そして『今日は、お客様に掴まって仕事がはかどらなかった』と、同僚たちの間で日常的に交わされるというのです。本当は、お客様と話がしたい。でも、毎日、問屋さんから届く新刊の山の開封・陳列、さらに返本に追われて、お客様と話す時間がないというのです。何かがおかしくなっているんです」
 それは、ひょっとすると接客業全般に言える風潮なのではないかと思いました。レストランでも、ホテルでも能率・効率が優先される。人手不足が、それに拍車をかける。それは「負のスパイラル」を起こし、お客様は離れて行く。

傘を売る本屋さん

 小林書店では「傘」も売っています。阪神・淡路大震災で、由美子さんの住む町もお店も被害を受けました。そこから立ち上がろうと模索する中、たまたま雑誌で高品質の傘を作る会社の社長インタビュー記事に目が留まりました。すぐに電話して「売らせて欲しい」と頼みます。でも、当然のことながら訝しがられました。「それでも!」と言い、なんと一週間に250本を売り取引を納得してもらえました。
 そうなのです。ここでも「信用」。由美子さんは言います。
 「本を通じて、人とどう繋がれるかをいつも考えて仕事をしています。人は本で、いろいろな世界を知り、多くの意見や思いを聴くことができます。」
 お客様は本を通して培った小林書店の「信用」を買って下さったのです。
 たぶん、お店に、ベンツが置いてあったら(狭くて置けないけど)バンバン売れるでしょうね。

(その3)~作家を育てる本屋さん

オススメの本はありますか?

 志賀内も、由美子さんの話を伺い、すっかりファンになってしまいました。とにかく「熱い」!いや「篤い」という文字の方が適切かもしれません。本への思いが「篤い」。帰り際、こう口にしていました。
 「僕にオススメの本はありますか?全部いただいていきます」
 差し出された、その内の一冊。
 「勇者たちへの伝言 いつの日か来た道」(角川春樹事務所・ハルキ文庫)
 由美子さんは、この本との縁を語ってくれました。
 「ある日、ふらりと、一人の男性がお店に入って来たのです。『この本の作者ですが、他の書店さんに売っていただけるように頼みに伺ったら、小林書店さんに行ってみたらいいよ』と勧められたのです」
 それが、作家・増山実さんとの出逢いでした。
 「勇者たちへの伝言」は、増山さんの処女作であり、2012年に第19回松本清張賞の候補作になった作品でした。受賞は逃したため、出版には至らずがっかり。ところが、賞を主催する会社の編集者が「いかにも惜しい」と、別の出版社を紹介してくれ、作家デビューが決まったという経緯があったそうです。
 (その1)で説明しましたが、一年に7万点も本が世に出ます。「いい本」だからといって売れるわけではない。店頭に、並ぶことさえ神業に近い。由美子さんは、書店回りをする新人作家の熱意にほだされ、預かって本を読むことを約束しました。

「この本を売りたい」

 内容については省きます。とにかく心打たれた。この本を売りたいと思った。多くの人に読んでもらいたいと思った。この時点では、すでに小林書店は、多くのお得意様の「信用」を得ていました。すぐに仕入れて売ろうと思いました。
 ところが、です。たまたま、版元の角川春樹事務所は、今までほとんど取引がありませんでした。会社へ電話をかけて、「大量の注文をしたい」と申し出ましたが、電話に出た担当者は気のない返事。小林書店の実力を知らないのでしょう。それでも、執拗に頼み込んで、大量に送ってもらいました。
 それを売り切り、さらに注文。そこでようやく、「売りたい」という気持ちを理解してもらえたのです。
 その後、その話が社長の角川春樹さんに伝わります。そして、わざわざ社長自ら「いったい小林書店とはどんな店なのか」と訪ねて来られることになったのでした。さすが、トップはスゴイ!ですねぇ。

篤い思いの書店さんに広がっていく

 由美子さんの思いは、徐々に他の書店さんにも広がっていきました。大阪のたくさんの書店さんが、「勇者たちへの伝言」をお客様に薦めました。その結果、大阪の本屋と問屋が垣根を越えて一冊の「ほんまにええ本を売ろう」ということで始まった文学賞「第4回大阪ほんま本大賞」を受賞ことになりました。
 そうなのです。書店のみなさんが作家を育てたのです。そんな話を今まで聞いたことがありません。

 最後に、小林書店にまつわる伝説のエピソードを紹介しましょう。

【エピソード1】

 小林書店が徐々にお客様の「信頼」を得て、出版業界で評判になってきた頃のお話です。お客様から、あるベストセラーの本を読みたいと頼まれました。由美子さんは、取次店へ注文を出しましたが、売れ筋で在庫がありませんでした。もちろん、出版社にも在庫はありません。困っていると、取次店の営業担当者が、他の書店を走り回り、1冊見つけて買ってきてくれたのです。もちろん、定価です。
 それを小林書店では、定価で仕入れ、お客様に販売しました。当然、利益はありません。小林書店も、取次店も。でも、お互いの「信用」「信頼」により、本が好きな者同士、心が繋がったこその行動でした。

もう一つ。

【エピソード2】

 少年ジャンプが一世を風靡した頃のお話です。子供たちは、毎週、発売日を楽しみにしていました。学校が終わると、競って本屋さんに走ります。当時、小林書店の店頭には、こんな張り紙がしてあったそうです。
 「小林書店の少年ジャンプはおもしろい」
 思わず笑ってしまいました。
 由美子さんは言います。
 「こんな小さな本屋さん、このくらいユニークなことしないとやっていけなかったんですよ」
 モーレツなだけでなく、その朗らかで温かな人柄にも魅かれました。

 ぜひ、今、凹んでいる人。仕事が上手くいかない人。人生に悩んでいる人は、小林書店にお出かけください。
 きっと、あなたに合うピッタリの本を勧めていただけるはずです。
 いや、それだけではありません。「こんな小さな小さな本屋さんが、こんなに頑張っているんだ。自分も嘆いている暇なんてない頑張ろう!」と思うはずです。

小林書店
〒661-0025 兵庫県尼崎市立花町2-3-17
06-6429-1180