「木っ端」に学ぶ

⑩「木っ端」に学ぶ

平成17年6月、木曾屋柴蔵さんがが訪ねてきました。当時、南木曽木材産業㈱の専務取締役でした。家に上がるなり、カバンの中から小さなビニール袋を取り出します。「はい」と言って差し出します。中には、マッチ箱大のささくれだった木っ端が三つ入っていました。キョトンとしている私に、
「これは大変なものなんだ」
と熱く説明を始めたのでした。
平成17年は、平成25年に行われる伊勢神宮の第62回式年遷宮が始まる年。その造営用材を調達するため、長野県の上松町で「ヒノキ」を切り出す神事が行われました。遷宮は8年も前から始まるのですね。なんだか気の遠くなるようなスケールの話です。
さて、彼はその神事に村の代表として参加したのだといいます。そして、掌に乗っているのが、切り出したご神木の木っ端。ご神体を納める器になる木の一部だから、木っ端自体もご神体だと思ってもかまわないとのこと。そういう謂れを聞くと、いかにも神々しく思えてきます。
さて、なぜ遷宮は20年毎に行われるのでしょうか。諸説ある中、建築様式を次の世代へと伝えるためだというのが有力です。
二十歳で習い始め、
四十歳で仕事の中心となり、
六十歳で後進の育成につとめる。
20年という単位は、技や信仰を後世伝えてゆくのに、ちょぅどいい期間なのでしょう。
ここで、カバンからもう一つのものを取り出しました。それは、白い封筒でした。
「開けて見て」
と言います。それは、社長就任の挨拶状でした。照れくさそうに微笑む彼に、
「おめでとう」と言いました。
実はこの話、式年遷宮と大いに関係があります。当時、彼は46歳。大学を出て24年目でした。父親から事業を引き継ぐには良いタイミングでしょう。人の世も同じように、代替わりが必要になります。よく、死ぬまで社長の座を息子に譲らないという人がいます。急に継げと言われても困る者もいるでしょう。反対に、早すぎても社員が付いて来ません。
1300年続く神事が、中小企業の存続のお手本になるのではないか。掌の上の木っ端が教えてくれました。
木曾屋柴蔵さんは今、宮司さんを育てる皇學館大学(伊勢市)の中の神殿を作る仕事もしているそうです。その大学で学んだ人たちが、また20年後には後輩を教え導く立場になっていることでしょう。そうして脈々と日本の文化や技は伝えられてゆくのです。