高野登さん「ジャマイカのプチ紳士のお話」

「ザ・リッツ・カールトン・ホテルの
心に届く『おもてなし』」

〇 高野登さんが、ザ・リッツ・カールトン・ホテルの日本支社長時代に、志賀内が編集長を務めていた月刊紙「プチ紳士からの手紙」に寄稿いただいたお話を紹介させていただきます。

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「ジャマイカのプチ紳士の話」
人とホスピタリティ研究所代表
高野登

Aさんはニューヨーク在住の、大手証券会社に勤めるキャリアウーマン。

昨年の話です。彼女が休暇でジャマイカを訪れた時の事。

市内での買い物を終えて、滞在ホテルに向かって車を走らせていると、後ろから白い車がクラクションを鳴らしながら近づいてきたのです。バックミラーにはサングラスをかけた、現地人と思われる男性ドライバーが映っています。

日中とはいえ、周りには家もなく、車もほとんど走っていません。まして一人で運転していたAさんは怖くなりました。ジャマイカの一部はまだ十分に安全とは言い切れないと聞いていたからです。

そこで何とかガソリンスタンドを探そうと走っていると、やっと前方に見えてきました。すがる思いでスタンドに車を入れると、なんと白い車も後についてくるではありませんか!

そして、車から降りてきたその男性は、Aさんに向かってこう言ったのです。

『マダム、後ろのタイヤがパンクしているようです。すぐに交換しないと大変なことになりますよ』

驚いたAさん。急いで車から降りて確認すると、確かにタイヤがへこんでいます。レンタカー会社の整備が不十分だったようです。

男性は、『私がお手伝いしましょう。大丈夫、慣れていますから。私はリッツ・カールトン・ジャマイカでエンジニアをしているホルヘと申します。』

手際よくタイヤを交換すると、彼は満面の笑みを浮かべて、

『ジャマイカには休暇ですか?私の働いているリッツ・カールトンは、この先のモンテゴベイにあります。料理は最高ですよ。良かったらいらしてみてください。』

そういって、名刺を手渡しました。

Aさん、せめてチップをと申し出たのですが、彼は受け取らなかったそうです。

数日後、ニューヨークに戻ったAさんは、同僚やボスにその話をしました。

『一時でもジャマイカ人を疑ったことが恥ずかしい。あの笑顔は素晴らしかったし、何よりも無償の善意には本当に心を打たれた』と。

すると、それまで黙って聞いていた上司が、

『これで決まりだ、リッツ・カールトンにしよう!』と一言。

何のことですかと、Aさんが問いただすと、上司は、

『来年の社内コンベンションだけど、候補地はジャマイカなんだ。ホテルがまだ未定だったのだが、これで決まり!早速担当者に詰めさせよう。』

・・しばらくして、証券会社の社長から、リッツ・カールトン・ジャマイカの総支配人宛てに、ホルヘに対する賞賛の手紙と、コンベンションの契約書が届いたのです。

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たったひとりの善意の行動は、時として、ベテラン営業マン達の力をも凌いでしまう・・そんなことを考えさせられました。