高野登さん「リッツ・エピソード根木玉藻さん」

「ザ・リッツ・カールトン・ホテルの

心に届く『おもてなし』」

〇 高野登さんが、ザ・リッツ・カールトン・ホテルの日本支社長時代に、志賀内が編集長を務めていた月刊紙「プチ紳士からの手紙」に寄稿いただいたお話を紹介させていただきます。

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リッツ・エピソード根木玉藻さん

 人とホスピタリティ研究所代表

                                  高野登

根木玉藻さんは、ザ・リッツ・カールトン・サンフランシスコのクラブフロアに勤務するコンシェルジュです。日々、世界中のVIPをお迎えする重要な責務を、てきぱきとこなしています。でも、彼女がお世話するのはホテルにお泊りのVIPばかりとは限りません。

それは、ある日の午後のこと。

ロビーは、いつものようにアフタヌーンティーを楽しんだ地元のご婦人方で大賑わいでした。

遅めのランチをとるため、ロビーを通りかかった彼女は、バッグパックを背負った日本人らしき青年が、きょろきょろと落ち着かない様子でいるのに気付きました。

「どうされましたか。何かお手伝いできる事がありますか?」と声を掛ける玉藻さん。

10代後半らしいその青年によると、昨日単身日本からサンフランシスコに着いたばかりで右も左も分からない。語学留学と武者修行(?)を兼ねての3ヶ月程の旅で、ろくに計画も立てずとにかくやってきたとの事でした。

武者修行とはいえかなり無理がありそうです。昨夜はとりあえずダウンタウンのホテルに飛び込み一夜を過ごしたものの、そのホテルに泊まり続ける予算もない。今夜からの宿探しを始めたけれどまったく見つけられない。歩き回って、日が随分と西に傾いた頃、たまたまリッツ・カールトンの前に行き着いたらしいのです。

「すげー綺麗なホテルなんで泊まれるわけないと分かっていたけど、ちょっとだけ覗いて見たいと思って・・」

話しを聞きながら、彼女は自分が初めてアメリカに来た当時のことを思い出していました。そういえば自分も宿探しではずいぶんと苦労したなぁと。

他人事とは思えなくなってしまった玉藻さん。

早速、その場で、知っている何軒かのレジデンスクラブ(外国人学生向きの短期、長期アパート)に電話を入れ空室があるか問い合わせました。そしてようやく彼の希望に添う所を見つけて予約を入れる事ができました。

地図を手渡すと、青年は玉藻さんの手を固く握り締めました。

「本当に有難うございます。僕、この事、一生忘れません。」

深深と頭を下げて、重そうなバックパックと共にリッツ・カールトンを後にしていく青年。

今時の若い男の子でも、こんな小さな出来事にこんなに感激してくれるんだ。ランチは食べ損ねてしまいましたが、玉藻さんの胸のなかは暖かい思いでいっぱいになっていました。