高野登さん「親子の間のサインに気付く」

「ザ・リッツ・カールトン・ホテルの
心に届く『おもてなし』」

         〇 高野登さんが、ザ・リッツ・カールトン・ホテルの日本支社長時代に、志賀内が編集長を務めていた月刊紙「プチ紳士からの手紙」に寄稿いただいたお話を紹介させていただきます。

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「親子の間のサインに気付く」
                 人とホスピタリティ研究所代表
                                  高野登
               
私がこよなく尊敬するメンターのひとりに、大久保寛司さん(人と経営研究所所長)がいます。大久保さんはまた大切な友人でもあり、その奥様、悦子さんを、私は親しみと尊敬を込めて『ガイア』(母なる大地)とお呼びしています。

とにかく優しさと気品と楽しさが全身からにじみ出ている、とても素晴らしいかたです。そしてすべてを包み込むような大きさを感じさせるのです。なんといっても7人のお子様を立派に育て上げたのですから。

その悦子さんが、ご自分の子育てを面白おかしく綴ったエッセイ集があります。すでに絶版になっていますが、その中の末娘の真理子ちゃんにまつわる話を、是非ご紹介させていただきたいと思います。

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「この子のせい?」
                               大久保 悦子
ある時、親睦を兼ねたバスツアーをするというお誘いがありました。残念ながら都合で参加できないとお断りしたということを、朝食の席で夫に話していたら、そばで聞いていた末娘が、
「マリちゃんがいるからでしょう」ととっさに言ったのです。
夫はすかさず、
「お母さんは都合があるし、バスね、お母さんは、ちょっと弱いんだよ」と口を添えました。

私は、かなりズシーンと、彼女の言葉を受け止めました。

 これまで、何か事あるごとに、「この子がまだ小さいので」とか、「この子がいるので」とか、確かにこの子の存在を理由にお断りすることが多かった。でもそれは、この子がいなければ出来るのにとか、この子のせいでとか言うものでは、何ひとつなくて、私にとってそのほうが良いという判断でのことばかりだったのだけれど、それをいつも聞いている子は、「私のせいで」と、無意識のうちに、幼い頃から知らず知らずのうちに体中にしみこませていたのかしら。なんでもない会話の横で、ふと「私がいるから・・・」と。
 娘の口をついて出た言葉には、ドキッと考えさせられるものがありました。
 子どもの人数分、普通の子では考えられないほど、何かと父も母も用事があるわけなので、そのたびに確かに、「この子が」ということは多かった。
 彼女が言った「私がいるからでしょう」という言葉のなかに、私のせいで断っているのではないかという悲しい思いの無いことを願って、これからはこの子の心の負担になるような言葉は気をつけなければ、と強く反省したのです。

 「まりちゃんがいるから、うれしいのよ。」

 ギュッと抱きしめて、ランドセル姿を見送りました。
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子供は多感です。
大人は気付かない些細なことに、心を躍られたり、反対に傷ついたりします。
子供はサインを送っています。マリちゃんの「ひと言」のサインに気付いて、「ギュッと抱きしめ」たお母さんの姿が目に浮かびます。
このサイン。
実は、夫婦の間でも、友達や会社の中の人間関係においても、しばしば発せられるものです。
日々、サインを見落とさないようにしたいと肝に銘じました。
                         (志賀内泰弘)