高野登さんプロフィール
ミスター・ザ・リッツ・カールトン。
おもてなしの達人
人とホスピタリティ研究所代表
善光寺寺子屋百年塾塾長
元リッツ・カールトン・ホテル日本支社長
1953年長野県生まれ。プリンス・ホテルスクール第一期卒業。21歳の時に渡米し、NYプラザホテルなどでの勤務を経て1990年リッツ・カールトンに移籍。ザ・リッツ・カールトン サンフランシスコの開業に携わる。1991年ロサンゼルス オフィスに転勤。1994年支社長としてリッツ・カールトンのブランディング活動を行う。1997年ザ・リッツ・カールトン大阪、2007年東京の開業をサポート。2009年同社を退社し、翌年、人とホスピタリティ研究所を設立。企業活性化・人材育成・社内教育などをテーマに伝える。
著書
- 『絆が生まれる瞬間』(かんき出版)
- 『リッツ・カールトンで育まれたホスピタリティノート』(かんき出版)
- 『リッツ・カールトンたった一言からはじまる「信頼」の物語』(日本実業出版社)
- 『リッツ・カールトン 至高のホスピタリティ』(角川書店)
- 『(047)あえて、つながらない生きかた (ポプラ新書)』(ポプラ社)
- 『一流の想像力 (PHP文庫)』(PHP研究所)
- 『リッツ・カールトンで実践した 働き方が変わる「心の筋トレ」』(新潮社)
- 『品格を磨く』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数
高野登さんとの出逢いのこと
2005年、8月も終わりの事でした。
書店で、パッと目についた白に青の帯。
発売されて、店頭に並んだばかりでした。
引かれるようにして手に取り購入したのが、当時、ザ・リッツ・カールトン日本支社長だった高野登さんの本、
「リッツ・カールトンが大切にするサービスを越える瞬間」(かんき出版)
でした。
感動で震えが止まらぬまま、一気読み。
それは、超一級の「おもてなし」のエピソードがてんこ盛りでした。
たとえば、こんなお話です。
ボストンのリッツ・カールトンで結婚式を挙げたご夫妻が、結婚式二十周年の記念にご宿泊されました。お二人がチェックインをすませてエレベーターに乗ろうとしたとき、家で留守番をしている十二歳の娘さんと家政婦さんから緊急の電話がかかってきました。なんと、家の周りで拳銃をかまえた覆面の二人組みが暴れているというのです。
家政婦さんが警察を呼んで二人組みは逃走しましたが、娘さんも家政婦さんもおびえきっています。
お客様はすぐに宿泊をキャンセルされ、自宅へと飛んで帰られました。(中略)
二人の二十周年のお祝いだったのに、なんてついてなかったのだろう・・・。ご夫婦はがっくりと肩を落としていたそのときです。家の前に一台の車が止まり、手には荷物を抱えた運転手が近づいてきました。
「ホテルからのお届け物です。」
お客様が荷物を受け取って確かめると、そこにはシャンパンとグラスが二つ、焼き立てのクッキーの箱、バスローブが二枚入っていました。一緒に入っていたカードには、こう書かれていました。
「結婚二十周年おめでとうございます。お二人の力になればと思いお祝いをお届けします。リッツ・カールトン・ボストンのスタッフ一同より」(一部抜粋)
仕事上のサービスって、どこまでが必要なのでしょうか。
どこまですれば充分なのでしょう。
もちろん、答えはありません。
私は、ホテルマンと話をするのが大好きです。それぞれ皆さんが、それぞれのサービスの形を持っています。
「自分だったらこうする」
という、サービス精神を聞くことができます。
そこには、共通のキーワードがあります。それは、
「お客様に、どうしたら喜んでいただけるか」
というものです。
そして、お客様の喜びが、自分の喜びなのですね。
仕事は、お金を貰っているのだから、やって当り前です。
でも、「どこまでやるか」に限界はありません。
それぞれが決めることです。
さて、読了後、すぐに思ったのは、
「高野さんにお目にかかりたい」
ということでした。でも、一人で会うのはもったいない。私が取材している「志賀内人脈塾」で講演にお招きしたい。そうすれば、塾生をはじめ多くの人に喜んでもらえると考えたのでした。
でも、どうやって高野さんにアクセスを取ったらいいのだろう。
それまで、私は「この人に会いたい」と思った時、いきなり電話をしたり手紙を書いたりはしませんでした。
(当時はまだ、SNSがまだ普及していなかったのです)
う~ん、
誰か、ホテルマンの友人に頼んで紹介してもらおうか。
それとも、経済界に太い人脈のある「心の師」に頼もうか・・・。
そんなことを2日、3日と考えていると、一通のメール便が届きました。
差出人は、かんき出版で社長秘書を務めるTさんからでした。
「どうも中身は本らしい」
と思いながら開封して・・・びっくり!
なんと!
つい先日、読み終えたばかりの「リッツ・カールトンが大切にするサービスを越える瞬間」が入っているのではありませんか!
そして、添えられた手紙には、
「志賀内さんへ
これは、私が初めて編集を担当した本です。
高野登さんの講演を拝聴し、感動してしまい、
『本を書いていただけませんか』とお願いし、
その夢がかなったのです。
S.T」
またまたびっくりです。
早速、Tさんに電話をして、
「高野さんに名古屋で講演をしていただきたいのです。
Tさんから頼んでいただけないでしょうか」
とお願いし、快諾いただけたのでした。
縁は奇なもの。
でも、それはけっして、奇跡とか偶然というのでしなく、必然必要にタイミングで紡がれるものだと確信した出来事でした。
以来、高野さんとのお付き合いが始まり、さまざまなことでたいへんお世話になっています。