玉置ゼミ7期生 下野綾巳さん「カフェのアルバイトから学んだ人生」

岐阜聖徳学園大学・玉置ゼミ7期生 下野綾巳さんが書かれたお話を紹介させていただきます。
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「カフェのアルバイトから学んだ人生(その1)
~家族を想い、人を想う」
下野綾巳

私は、カフェでアルバイトをしています。そんな私のアルバイトの原点の話です。

アルバイトを始めた時、私は、大学を休学していました。
「綾巳が居なくなったらこの学科は平和なのに」
という言葉がラインのメッセージで送られたことを機に、私は、大学を休学しました。
ああ、居なくなった方がいいんだ。誰も認めてはくれないのだな、と思い込み、私は人に心を閉ざして生きていくことを決めました。その方が傷つかなくて済むと思ったからです。
なぜそんな私が、人との関わりが大切なカフェでアルバイトをしようかと考えたか。それは、ただ朝働きたかったから。昔から朝型だった私は、根っからの朝好き。心の調子を崩した時、一番に生活リズムが崩れました。どうにか自分の好きな朝に絶対に起きなければならない何かをと思った時、朝6時から開店準備をする今のお店への応募に至りました。

自分を偽って面接を受ける
面接の時に、「人は好き?」と店長に聞かれました。正直、ドキッとしました。心を閉ざして生きた方が楽だと思っている私を見透かされたのかと思いました。しかし、平静を装って「好きです」と嘘をつきました。バレてはいないか、ヒヤヒヤしながら店長の顔を見ると「そう。それならいいね。明日から来て貰える?」と。その時、なーんだ簡単じゃんと、口で言えば何とかなるのだな、なんて浅はかな考えを私は持っています。
しかし、何かがおかしいのです。働き始めて感じました。一緒に働く先輩方も常連のお客様も全身全霊で私を受け止めてくださるのです。先輩方は、「しもちゃんは忙しかったのによく頑張ったね!お疲れ様!」「今日はしもちゃんがいるから安心!」と言います。お客様は、店長に「最近入った子良いね。笑顔いっぱいで元気になるよ」とお伝えくださったり、「下野ちゃんおはよう」と私の名前まで覚えて朝ご挨拶をしてくださるお客様までいます。何かの間違いかと思いました。
なんで?でいっぱいでした。あの「綾巳が居なくなったら平和なのに」と言われた頃と私は何一つ変わったとは思えません。人は苦手で傷つかない範囲内で人と関わっていたつもりでした。

なぜ、私が昇給してもらえるのだろう?
働きはじめて、2ヶ月が経とうとした時、店長に昇給を言い渡されました。昇給には、半年程度要するのに、始めて2ヶ月の私が昇給です。先輩方には到底及ばないし、私は更になんで?の嵐に包まれました。
「なんで?」の気持ちに耐えかねた私は、店長に「私、そんなに出来ません。お客様の言うことも先輩方が褒めてくださる理由もよく分かりません。ましてや、昇給なんてなんでですか?」と問いかけました。もっとぐちゃぐちゃな言葉だったと思います。人に心を閉ざさなければ、傷ついちゃう。嬉しいけど、ここで喜んだらまたいつか傷つくと思って、素直に喜べない私がいました。
店長は、「しもちゃん。人苦手でしょ。何年も接客やってると気付くんだよ。人が苦手だなってことぐらい。何か辛いことがあったんだろうなって分かってたよ。大体そういう子はすぐ潰れちゃうから面接の段階で落とすんだ。でも、しもちゃんは違った。僕は面接で『人は好き?』って聞いたでしょ。あの時、しもちゃん『好きです』って嘘をついたよね。嘘なのに、笑顔は本物だった。本当は、人と人とが繋がることを大事にしたいと思っているって感じた。ほんの一瞬だったけれど、作り笑顔じゃない本音で笑った瞬間があの質問の時だった。嘘をつくのに本物の笑顔を見せるなんて、変な子だなあとは思ったけど、あの笑顔を見た時、この子は人と関わればもっと笑顔になれると思った。だから、落とさなかった。みんなが言ってることは何にもおかしなことではないよ。傷ついた人間は、無鉄砲なんだよ。いい意味でね。優しさを兼ね備えたその無鉄砲さがしもちゃんは接客に出てる。」とおっしゃられました。

人生って不思議です
涙が止まりません。あの時から閉ざしていた心がバーンッと開きました。そういえば随分泣いていなかったと思いました。
思えば、私は、お客様が何を求めているのか。どういう準備があれば楽しいひとときを過ごしてくださるのか、そんなことを考えて働いていました。初めは、怒られるのが怖かったから。傷つきたくないからでした。しかし、それが段々と「ありがとう」「ご馳走様」「今日も頑張ってね」と声を掛けて頂く内に、誰かの笑顔の発信源になれている喜びへと自分でも気付かぬ間に変わっていたのだと思います。
アルバイトは、もう4年目です。今でも当時の店長の言葉を胸に留めています。もちろん、アルバイトは仕事ですからしんどい時も苦しい時も、お客様から怒鳴られることだってあります。それでも、私は店長から認めて頂いた無鉄砲さと笑顔を武器に頑張っています。
もし、あの時休学していなかったら私は今の店に応募することも、店長からこういった言葉を頂くこともなかったでしょう。そう思うと人生って不思議です。苦しみの先には、必ず光があります。そして、光は人と人との繋がりから。
今日も誰かの笑顔の発信源となれるように。
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ときおり、拙著をお求めいただいた方からサインを頼まれます。その際、こんな言葉を添えることがあります。
「一つの出逢いで人生が変わる」
これは、頭でわかっていても、後になって振り返らないと実感しにくいものです。なぜなら、ついつい忙しかったり面倒だと思ったりして、人とのご縁をおざなりにしてしまうからです。
下野さんは、カフェの店長との「出逢い」で、生き方が変わったのです。おそらくそれにより、人生も変わるでしょう。
ところでカフェの店長は「出逢い」の達人ですよね。ぜひ会ってご教授賜りたいです。
志賀内泰弘

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「カフェのアルバイトから学んだ人生(その2)
~線を持ち円となる」
下野綾巳
私が4年働くカフェのアルバイト先には、相棒がいます。そんな相棒の話です。
彼女と一緒に働くようになったのは、私がアルバイトを始めて1年が経とうとしている頃でした。一つ歳下の彼女は、歳下とは思えない落ち着きのある子。一目で、仕事ができる人なんだろうなと感じさせる芯の強さを持っていました。
店長から教育係を頼まれました。いつか先輩になるのかなあぐらいの気持ちでいた私は、初めての後輩という存在に右往左往していたことを今でもよく覚えています。何から教えれば良いのだろうと悩みながらも、教育期間を終え、初対面で感じた通り彼女はメキメキと実力を伸ばしました。実力が、彼女に比べ経験のあるはずの私と互角となるまで半年も要さなかったように思います。

後輩と意見がぶつかりケンカ
一緒に働きはじめて、2年目の春。先輩達が卒業され、ついに私達が一番上の代になりました。売上管理やシフト作り、発注、みんなへの指示。接客以外のやるべき仕事に私達は疲弊します。
ある日、些細なミスから喧嘩をしました。喧嘩は、次第に日々の疲弊からか大きくなり、お互いの願いの不一致を露わにしました。私は、みんなで楽しく仲良く働きたいと願い、彼女は、楽しいだけじゃダメだ、楽しいよりもしっかり仕事をしなければならないと願います。今思えば、どちらも正しいことなのです。
しかし、まだまだ未熟だった私達は止まりません。「楽しいからって何でもかんでも許していちゃいけない。綾巳ちゃんは甘いんだよ。そんなんじゃお客様に迷惑がかかる。」と言われ、「そんなに何でもかんでも雁字搦めに注意してたら、誰も周りがついてこなくなっちゃうよ。みんなが笑顔じゃないとお客様にも伝わらない。」と言い返す始末。やはり、何度思い返してもどちらの言い分も正しいのですが、喧嘩中は真剣です。どちらも譲らず、結局冷戦状態にもつれ込みました。
私と彼女のシフトが被ると店の雰囲気は最悪。店長からも「いい加減にしろ」とこってり絞られましたが、頑固で似たもの同士の私達はお互い譲りません。

「最近二人とも元気がないからさ」
喧嘩をしてから何度目かにシフトが被った時、常連のご高齢のお客様に「シモちゃん、あのいつもの相棒と喧嘩したでしょ。」とにこにこと笑顔で言われました。「え!?あ、いやそんな、、、」とお客様にバレてしまうぐらいだったのかと驚きと申し訳なさで私は口籠もってしまいました。そんな私を見ながら、「二人が揃っている朝は、いつもシモノ ちゃんの笑顔で出迎えられて、あの子の美味しそうなモーニングが届く気持ちがいい朝なのに、最近二人とも元気がないからさ。」とお客様は続けられます。
反省しました。と同時に、私達ってそんな風にお客様の目に映っていたのだとなんだか誇らしい気持ちにもなりました。「ごめんね」を言いたくもなりました。お客様がお会計を終えてから、すぐにキッチンへ走り、扉を開け、
「ごめん!!!!!!」
「ごめん!!!!!!」
同時でした。顔を上げるとキョトンとした彼女の顔。私もキョトンとしていたことでしょう。お互いがお互いの顔を見て大笑いをしました。キッチンの小窓から視線を感じ、二人で視線を向けると、先ほどのご高齢お客様がひょっこり笑顔を向けVサイン。どうやら、お客様は彼女にも同じことを伝えていた模様。また、私達は大笑いです。
何を喧嘩していたのだろう。どちらも間違っていないのに。それから私達は、変わりました。役割分担です。彼女が店全体に一本太い仕事しての緊張の線を張る役割。私が店全体で内側から笑顔になるといった意味で円で囲う役割を担いました。先輩として教えるべきことはしっかり伝える線を持つこと。先輩後輩は関係なく、一つの店として円であること。これが一つの芯を持った一丸となる店だと二人で相談した結果です。

お客様に笑顔になって頂きたい
今、私達二人は所属する店舗を全国188店舗中新作ドリンクの売上を日本一にする程までに成長させました。元は、日本一なんて取れるわけがないと言われていた店舗です。驚いた東京の本社から、色んな偉い人が派遣されて来た時、私達はこう答えました。
「笑顔は働くみんなの内側からです。そして、笑顔で働く為に、自信のあるものをお客様にご提供し笑顔になって頂きたい。これが線を持ち、円になるお店だと私達は見つけました。」と。
今でも、あのご高齢お客様は通ってくださっています。あのVサインの日から、私達とお客様の最後のご挨拶はVサイン。Vサインで「ありがとうございます!またお待ちしております!」なんて言う店舗はきっと全国どこを探してもないはずです。これが私達の創り出した店なのだといつも自信を持って、Vサインとにっこり笑顔でお見送りしています。
そして、私の初めての後輩である彼女も一番の理解者として今もまた隣に居てくれています。一緒に創り出した店、線を持ち円になる店は、これからまた新たな世代に引き継ぐ過程へと進んでいます。次の代は、どんな店にしてくれるのだろう。今私達が出した答えのまたその先を見つけてくれるのではないかなと思います。
もし、あの時あのお客様が私達に声を掛けてくださらなかったら、あのまま喧嘩をずっとしてもう二度と相棒とはならなかったでしょう。もちろん、全国から注目される店舗にもならなかったはずです。もしかしたら、私達のどちらかがお店を辞めていたかもしれません。
人生は、一つ一つの出来事が必然性を持っています。もし、あの時、あのことがなかったら、今の私は居ません。私の周りに居る素敵な人とも沢山の人の素敵な笑顔にも出会うことはありませんでした。だからこそ、一つ一つの今を大切にしたいとそんな想いをアルバイト先で学びました。
私達の朝は、お客様に笑顔を届けます。今日もまた、線を持ち円になる店で、笑顔でお客様をお迎えしているのです。
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人は何のために「働く」のか。もちろん「お金」もらうためです。しかし、それだけではないことは、「働く」人の誰もが知っています。その「働く」ことの意義の一つに、「人生を学ぶ」場であるということがあります。「働く」と、働いたことのないお金持ちには得られない貴重な勉強をすることができるのです。
そう、職場は「人生の学校」でもあるのです。
志賀内泰弘