玉置崇教師奮戦記(その12) なぜそういうことを相談していただけないのですか

モットーは「やってみなきゃわからない」
玉置崇教師奮戦記(その12)
「なぜ、そういうことを相談していただけないのですか!」

新任校長時代のことだ。赴任早々、ある教員から「我が校は職場体験学習を行わないことはできませんか」と相談があった。
「職場体験学習」は、文部科学省が全国の中学校の取組として強く推奨しているもので、自治体に補助金も配当されている事業だ。我が校にも職場体験学習で活用できる予算が届いている。また、私は前年度まで県教育委員会に勤めていて、「職場体験学習」の担当者として事業を推進する仕組みを作った人間だ。
「いやあ、それはできないよ」
と即答しようと思ったが、この教員とまだ人間関係ができていない。いきなり否定することは、今後の人間関係にも影響すると思い直し、職場体験を行わないと考える理由を聞いた。
その教員曰く、「我が校の『職場体験学習』は中学2年生の秋に開催している、教員が事業所や店舗に足を運んで受け入れ許可を得たり、200名近い生徒が三日間体験する調整をしたりするのは容易なことではない、部活動においては秋から新チームづくりが始まるのに、2年生担当教員は、授業後の事業所等への依頼で、大切な時期の部活動がおろそかになる」という理由だ。つまり、「職場体験学習」より「部活動」が重要だというとらえだ。
「部活動」と「職場体験学習」のどちらが重要なのかと問いかけても始まらない。進言してきた教員は、学年を代表していることもわかった。校長決裁として「職場体験学習」を決行することはできるが、後々、様々なトラブルが生まれることも想像できる。しばらく考えさせてほしいと伝え、その場をとりあえず治めた。
考えれば考えるほど、苦しくなる相談だ。「職場体験学習」をやらないわけにはいかない。なんとしても2年生の学年団を説得しなければならない。しかし、納得させる代替案が浮かばないのだ。
校長室で悩んでいるときだ。地域コーディネータ(学校と地域が連携を図るために市内各校に配置されている、我が校は元PTA役員)が、たまたま顔を出された。
「校長先生、どうされたのですか。生気が感じられない疲れ切った顔ですよ」
と、いきなりの一言。
「やはり、そう見えますか。実は・・・」
と、抱えている悩みを打ち明けたところ、返ってきた言葉は、
「なぜ、そういうことを相談していただけないのですか!」
と、ちょっと怒っておられる感じがする言葉だった。
「校長先生、保護者でチームを組みます。数人で事業所を回れば、すぐですよ。何をお願いして、聞いてきたらいいのですか。その項目を出してください。先生方より、私たちの方が地域のことはよくわかっています。いろいろとつながりがありますから、新しい受け入れ事業所や店舗も見つけてきますよ」
と、畳みかけるように話された。
この提案には正直驚いた。本当に、そのようなことを依頼してもよいのかと思った。もちろん、実にありがたい話だ。2年生全員の受け入れ先を確保するために、教員があちこちの事業所や店舗を訪問して調整することが一切なくなるからだ。
好意に甘んじ、「受け入れ事業所リスト、事業所ごとの受け入れ生徒数、開始及び終了時刻、持ち物、服装、事前に学習すべき事柄、受け入れにあたっての留意事項」などを聞いてきていただくようにお願いした。
依頼事項をまとめた文書を受け取るのに、わずか10日ほど待っただけだ。180名近い生徒が三日間の「職場体験学習」ができる事業所や店舗のリストが届いた。聞くところによると、お母さん方が2,3人でチームを組んで、3つのほどのチームを作り、生徒が徒歩や自転車で移動できる範囲の事業所や店舗へ出かけ、「職場体験学習」の依頼に回ったとのことだ。こうした依頼は、これまで教員が行っており、授業後の時間を利用することもあって、1か月近くかかっていた仕事だ。それがお母さんチームは、わずか10日間ほどで仕上げてしまった。
学年団に伝えたところ、私以上に驚き、お母さんチームの凄さに感服する言葉が続いた。「ここまで段取りしてもらえれば、何ら困ることはありません。生徒の希望を大切にしながら訪問先を決めて、充実した三日間になるようにしっかり指導します」と言ってくれた。
学年団の喜びの声は、お母さん方にしっかりと伝えた。「先生方を少しでも助けることができたなら本望です」という返答を聞き、学校と保護者が手に手を取るというのは、こういうことなのだと実感することができた。
その後、お母さん方から「職場体験学習」の当日に、事業所や店舗を訪問したいという希望が出てきた。教師以上に当事者意識をもっていただいたようだ。「我が校の生徒はしっかりやりますから、ぜひ受け入れてください」などと懇願したこともあったのだろう。その手前、生徒の働きが心配なのかもしれない。もちろん訪問はOK、せっかく訪問するならホームページに掲載する写真撮影と記事作成もしてくださいとお願いした。
校長として、三日間ですべての受け入れ先を回り、挨拶をした。多くのところで、次のように言われた。
「玉置校長はやり方がうまいねえ。地元のお母さん方に生徒を受け入れてくださいと言われたら断れないよ。他の学校は断ったのだよ。玉置校長は会社経営をしても、きっとうまくいくよ。参ったよ」
こうしたことをいくつかの受け入れ先で言われた。そのたびに「いやいや、アイデアを出したのはお母さん方なのです」と、説明するたびに、良い学校で校長をさせてもらっている喜びを感じることができた。
このエピソード以後、「PTAには報告より相談」というフレーズを作った。「こういうことも相談していただけるようになったのですね」という言葉に、「私たちを信頼していただいているのですね」という気持ちが含まれていることに気づき、保護者と一緒になって学校を創る上での大切なことを教えていただいたことは、忘れられないことだ。