玉置崇教師奮戦記(その8) 逆上させたことが大失敗 (1)

モットーは「やってみなきゃわからない」
玉置崇教師奮戦記(その8) 「逆上させて罪を作らせた自分」

男子生徒を指導しているときに、激情した生徒が私の頭を壁に激しくぶつけたことがあった。その結果、一時期、記憶喪失となり病院に運ばれるという事態となった。こういう事態を招いたのは、完全に自分のあやまちであり、今でもその生徒には申し訳なかったという気持ちをもっている。今回はこの詳細を書いておきたい。
その男子生徒を担任していた頃、自分に自信を持つことができず、教師として揺らいでいた時代だった。授業も上手くいかず、いろいろな試みをしてみるものの、すぐにこれではダメだという気持ちになり、生徒に宣言したことを変更することもしばしばだった。
「教師は授業をするプロであるべき」と言われるが、「生徒は授業を受けるプロ」だ。その男子生徒は、洞察力があり、私の揺らぎをしっかりと捉えていて、「先生はすぐに言ったことを変える」と批判する生徒だった。もちろん、この生徒が言うとおりなのだが、揺らいでいる私には心の余裕がない。生徒の指摘に対して素直になれない自分がいた。「こちらは一生懸命やっているのに否定的に見やがって!」という気持ちになっていたように思う。実に情けない。
今なら、「指摘をありがとう。こう言ってくれるのは有り難いことだ。では、どうしたらもっとよくなるだろう」と、生徒に応対できるのだが、そのときの私には、心にゆとりがないので、それができない。
もっとも、この生徒は何かにつけてマイナス発言することが多く、学級が盛り上がってきたなと思うところで、彼の発言で全体の意気が下がってしまうこともあった。こうしたことから、扱いにくい生徒だと否定的に見ていたと思う。
したがって、この生徒が何をやってもプラスにとることができず、担任の私と彼の間に、良い関係ができていなかったことは確かだ。
あるとき、彼は二日続けて遅刻した。もちろん注意した。理由を尋ねたら、「寝坊」という言葉が返ってきた。「明日は遅刻しないように」と注意を重ねた。
これ以後、彼はちょくちょく遅刻するようになった。そのたびに注意し、理由を尋ねるのだが、いつも「寝坊」だという。私は、次第にこの「寝坊」という言葉に、いらつくようになってしまった。何かしらバカにされているように感じたからだ。
「君のために家庭に連絡をするよ。お父さんかお母さんに起こしてもらいなさい。『遅刻がないようにさせてください』と、頼んでおくぞ」と、学級全体の前で伝えた。
こうした指導は、今なら絶対にしない。いわば見せしめのような指導だからだ。「遅刻すると、あのように怒られ、家にも連絡されるのだ」と、他の生徒に知らせているようなものである。冷静に考えれば、それまで遅刻はなかったわけなので、何かしら理由があるはずだ。個別に聞くべきなのに、先に書いたように何かと思うようにいっていないので、そうした対応ができないのだ。さらに、全体の前で本当のことは言わないことにも気づいていない。
家庭連絡をしたら、お母さんはとても恐縮され、「明日から遅刻させないようにさせます」と言われたものの、最後の「最近は思春期というのでしょうか。親の言うこともなかなか聞かないもので・・・」という言葉を重要視すべきだった。親も困っておられたのだ。これも後で気づいたことだ。
翌日、またも彼は遅刻した。親は約束したじゃないか!という気持ちが先走り、教室に入ってきた彼に、「おまえの親は何だ。遅刻させないと言ったのに。親が悪いからおまえも悪くなるんだ」と激しく言葉をぶつけてしまった。かつてこのような言葉を生徒に発した自分がいたと思うと、消え入りたい気持ちになる。
彼は鞄を投げて、廊下に出て行った。追いかける。トイレに入った彼を見つけて、自分も入っていた。そして、再び親の悪口を言ったように記憶している。
その結果、彼は逆上してしまった。もの凄い形相で、ラクビーでタックルをするように自分にぶつかってきた。私の体は壁に勢いよくぶつかり、後頭部を激しく打った。
気がついたとき、自分がなぜトイレで倒れているか、まったくわからなかった。記憶がない。どうしたのだろうと思っていると、何人かの教師が駆けつけてきてくれた。何があったのかと聞かれても、まったく思い出せない。
病院に運ばれた。脳の精密検査を受ける頃には、記憶が戻っていた。幸い、脳には異常がなく、後遺症はまずないだろうという判断だった。連絡を受けて急いで病院に駆けつけた家内の心配そうな顔もしっかりと覚えている。その日は学校に戻らず、そのまま自宅へ帰った。
校長から、電話で「無理して出勤することはない。しばらく休んでよい」と言われた。「学校では、すぐにその男子生徒の指導をすること。家族に来校してもらい、きちんと説明をした上で、私へ謝罪をさせるので安心してほしい」とも言われた。そのときは「ご心配をかけました。ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。
翌日、後頭部の痛みはあったが出勤した。朝の打合せで、校長が「皆さん、玉置先生が出勤してくださいました。とても良かったです」と、出勤したことに感謝されているように思えて、事の重大さを改めて感じた朝だった。

実はこのエピソードは、今まで誰にも話したことはなかった。冷静に考えれば考えるほど、自分の対応がまずいからだ。自分のふがいなさを棚に上げ、生徒に八つ当たりしていたようなこともある。急に遅刻が重なり始めたことでも、生徒の「寝坊」という言葉を聞くだけで、他に何か原因があるのではと推測すらしようとしなかった自分がいる。
さらに学級全体の前で、彼の親の悪口を言っている。とんでもない教師だ。彼はよほど腹が立ったに違いない。逆上させたのは、まぎれもなく自分なのだ。そのため、彼には教師に暴力を振るったという罪をつくらせてしまった。このことで進路に支障があってはいけないと思って、この件の記録はいっさい差し控えた。

メンタルトレーナーの辻秀一さんが「先生の“ごきげん思考”で、授業はうまくいく!子どもへの声かけが変わる!クラスがまとまる!」という本を書かれている。まさにあのときの自分は“ごきげん思考”ができず、自分のふがいなさを生徒にぶつけていた。彼だけではなく、嫌な思いをした生徒がたくさんいたのだろうと深く反省している。「教師も人間だからしかたがない」という言葉で片付けることは、プロとして許されないことがあることも痛感している。