玉置崇教師奮戦記(その5) 挨拶カード

モットーは「やってみなきゃわからない」
玉置崇の教師奮戦記(その5)
「挨拶カードで学校を元気に!」

新任校長時代、赴任して2週間ほど経ったころだ。朝、校門に立って、子どもたちと挨拶を交わしていたが、この学校の生徒の挨拶には元気がないと感じるようになった。生徒指導主事に、この気持ちを伝えたところ、次のように言われた。
「校長先生、この地区の子どもたちの挨拶はこんなものですよ」
と。地区によって挨拶に違いがあるなんて聞いたことがない。思い込んでいるだけに違いない。なんとしても元気な挨拶ができるようにしたいという気持ちが強くなった。
校長として、職員に「元気な挨拶ができるように指導してください」と言うのは簡単だが、それだけで変化するとは思えない。そこで、「挨拶カード」を自作して、それを元気な挨拶をするきっかけ作りとすることにした。
これが「挨拶カード」だ。大きさは名刺大。カードには四角枠が二つある。一つには、来校者が自身の名前を書く。良い挨拶をした子どもには、褒めた上で、そのカードを渡してもらう。もらった子どもは所属と名前を書いて、校長室前のポストにカードを入れる。
ポストに入ったカードは随時掲示板に貼る。つまり、挨拶の見える化だ。掲示されたカードの数が増えれば増えるほど、子どもたちは来校者と元気な挨拶をしたことになる。
このアイデアを生徒指導主事に伝えたところ、次のように言った。
「校長先生、お言葉を返すようですが、相手は中学生です。カードごときで挨拶が変わるとは思えません」
もちろん承知のうえだ。しかし、やってみなけりゃわからない。99%ダメだと思っているが、1%の可能性はあるはずだ。誰かに迷惑をかけることではないので、まずはやってみることにした。自宅で挨拶カードを200枚印刷して、玄関に山積みする。そして模造紙に手書きで校長メッセージを書いて掲示した。
「助けてください。我が校の子どもたちは元気な挨拶ができません。来校された方は、この挨拶カードを数枚持って、名前を書いてください。元気な挨拶ができた子どもがいたら、『いい挨拶だね』などと褒めた上で、カードを渡してください。カードをもらった子どもは校長室のポストに入れます。カードは随時掲示板に貼って、挨拶の見える化をします。どうぞよろしくお願いします」
教頭は、「校長先生、玄関に『助けてください』なんて書いてある掲示をしてよろしいでしょうか」と心配した。「いいじゃないか。本当のことだから。『家庭や地域と連携した教育』というじゃないか。地域の力を試そうじゃないか」と返答した。
一生懸命やっていると神様は助けてくれるものだ。1年生の男子生徒の間に、この挨拶カードを集めることが流行りだした。休憩中、彼らはお客様の来校を確認していて、来校されると一気に玄関に集まってくる。そして大きな声で、「こんにちは!」と挨拶したのだ。
この玄関の様子は、校長室が2階にあってもわかる。校長室を出て階段の上に立っていると、お客様は「凄い学校だね」と言われる。そこですかさず、子どもたちに聞こえるように大きな声で「でしょう。日本一の挨拶ができる学校です」と褒めた。
学校が次から次へ変わってきた。例えば、駐車場に向かう私を見つけると、窓から「校長先生。どこに行くの?」と声をかける子どもも出てきた。「出張だよ」と答えると、「校長先生、行ってらっしゃい」と手を振ってくれるようになった。
この様子を地域の人たちが目にする。ある方から言われた。
「校長が代わったら、学校が変わったよ」
こんな嬉しいことはない。さらに嬉しいことは、生徒指導主事が「私たち職員も挨拶カードを持って校内を歩きましょう」と提案してくれたことだ。本当はそのように提案したかったが、校長が提案するとやらされるという感じを持つ可能性があるので、我慢していたのだ。
校内では、子どもと教師の明るい挨拶がされるようになった。カードを渡して「いい挨拶だねえ」と褒め言葉を言っている光景を目にするたびに、嬉しさは増した。「挨拶カード」を渡すのは、まさに褒める種をまくようなものだ。
集会での表彰式でも大きな返事が返ってくるようになった。
「今から部活動の表彰をします。バスケットボール女子」
と、呼名されると、部員全員がさわやかな声で「はい!」と返事をする。それまでは、大きな声を出すことは恥ずかしいといった感じで、胸を張って表彰される場にふさわしくない返事だった。不思議なことに部活動の表彰機会も増えた。
授業を見て回っても、しっかり発言する子どもが増えたように感じた。とにかく元気さをあちこちで感じるようになった。
挨拶カード製作費用は、わずか数千円。たったこれだけで学校全体が変化し、地域の方からも褒められるようになった。やはり、やってみるものだ。

私たちは、「これはこんなものだ」と決めてしまっていることはないだろうか。嘆くばかりで動かない場合が多いのではないだろうか。この挨拶カードの実践は、自分自身はもちろん、職員にも変化をもたらした。生徒指導主事は「校長先生、ごめんなさい。うまくいくものですね」と言った。「いやいや、こんなに変わるものだと思っていなかったよ」といった会話をした。

なお、「挨拶カード」を掲示板に貼ることはできなかった。なぜなら、子どもたちはカードをポストに入れないからだ。子どもたちはカードを手元に置き、何枚集まったかを競い合っていたのだ。それでもいいじゃないか。私の試みが成功したのは、こうした楽しみ方があったからかもしれない。